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「野中(ノナカ)さん」
──心臓が、強く跳ねた。背筋をゾクッと、悪寒のようなものが走り抜ける。
聞き覚えのある苗字を呼ばれ、驚きのあまり、声は出せずに息が詰まってしまった。
「このまま真っ直ぐ、自然な様子で自宅に向かってください。振り返らず、どうか大声も出さずに。
でないと、野中さん──貴女を刺します」
背中に当たる、硬く冷たい何か。
……振り返らなくてもわかった。
絶望感を覚えながら、私は言われるまま、一度地面に置いたアタッシュケースを手に持ち、歩き始めた。
夜の冷たい風が、一層冷たく感じる。
そうして背後にぴったりとストーカーの気配を感じたまま、ついに私は、途中他のマンションの住人と一度も遭遇することなく、自身の部屋の前に着いてしまった。
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