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季節は春の訪れを今か今かと待っていた。
桜はすでに満開で、雨など降ろうものなら、花見も長くはできないだろう。
きっと今年の花見は早めに計画を立てた方がいい。
計画を立てるも何も、幹事でもなんでもない彼がそんなことを考えていた3月。
高い電子音がけたたましく着信を告げる。
会社に備え付けのそれではなく、彼の胸ポケットに入ったそれから、音は途切れることなく鳴り続けた。
『翡翠ーー!』
ディスプレイを見ることなく通話ボタンを押すと、向こうからは明るい声が聞こえてきた。
あまりのうるささにスマホを耳から遠ざける。
『父さんは寂しいぞ!なんですぐに取らないんだ!…』
「…………」
『こら、切ろうとするな!』
あまりのテンションの違いに、つい通話終了ボタンを押しそうになったところを止められた彼は、ため息まじりに話題を切り出した。
そうでもしないと、小一時間は世間話をしそうだったのである。
『そうだ、翡翠。父さん、理事長をお前に譲ろうと思ってるんだ』
その言葉を聞いて、彼は動きを止めた。
まるで、息の仕方を忘れたかのように。
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