嵐の中で

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嵐の中で

君が嵐の日、僕に会いに僕の国までやって来た日のことを、僕は今でも鮮明に覚えている。 電話が鳴って、いつもよりも鮮明に君の声が聞こえて僕の胸は高鳴った。 「やあ、ハロー」 僕の声はいつもよりちょっと弾んでいたはずだ。 「ハロー、たくや。あのね、わたし今どこにいると思う!?」 えっ? 「んーどこかな? 高いところ? 声がすごい綺麗に聞こえる。ベリークリアだよ」 「あはは」 君が愉しそうに笑って、僕もそれにつられてにやけた顔になっている。 やっぱりこの子のことが好きなんだ! そう頭に浮かぶたびにちょっと幸せな気分になって、それからちょっと情けない気持ちになった。 僕にはここから先に進む力は無いとわかっていたから。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 土砂降りだった。 ほとんど鋭角に雨粒がアスファルトを殴りつけ、跳ね返った水しぶきが下半身を容赦なく濡らした。 僕は走った。 スクランブル交差点の信号が変わると誰よりも早く駆け出し、対岸からの群衆に突っ込み、突き破り、坂の上のルミネデパートへ走った。 「あのね、わたし来たよ、来ちゃった! んー今ね、」 え? 来た? え? 近いじゃん? 待って、待ってて、いま、行く、ちょっとそこ、動かないで、動かないで! 君は笑っていた。 「大丈夫。いまカフェにいるよ。もうそろそろ閉店みたいだけど、デパートはまだちょっとだけ開いてるみたいだから」 慌ててズボンに足を突っ込み、靴も半履きで転がるように玄関を出た。 外はものすごい雨だった。 息を切らして到着した僕を目を丸くして君は見て、それから満面の笑みで迎えてくれたね。 「満面」ってこういうことを言うんだって、濡れた体を強く強くハグしてくる君の細い両腕と小さな頭の圧力を感じながら、そんなことを僕は考えていた。 僕の家まで二人してずぶ濡れになりながら帰った。馬鹿みたいだった。 僕らは一つの傘の下、寄り添うように、大笑いしながら僕の家に向かったんだ。 あの夏、何もかもが普通じゃ考えられない事ばかりだった。 僕はまだ子供で、君も国がまだあった。 いまでは遠い日の事のように掠れて、記憶の淵から今にもこぼれ落ちてしまいそうだけど、僕の一番特別な夏だ。 君があの嵐の日に来た時から、僕は君の男になろうと決めたんだ。 【くになきひととのこい】
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