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「次で最後だ、杏子ちゃん」
通話機から成司さんの声が聞こえた。3時間の重労働、そろそろ瞼が重くなってきた。
今日も今日とて、わたし、岡本杏子はインチキ霊能者・神童女を演じている。
事前調査とハッキングによる情報収集、聞き込み等を駆使して参列者の悩みを言い当てる神童女様己捨浄生会、通称・神己会はサギ師の集まりである(当人たちは慈善団体だって言い張るけど)。難解な依頼者ほど順番を後ろに回し、必要な情報をかき集めるシステムをとっているため、最後尾の犠牲者(わたしたちは参列者をこう呼ぶ)ともなれば、いわば最強の相手である。わたしに指示を出している弁証術の達人・成司さんの腕(口かな)の見せ所だ。
わたしの前に座ったのは、銀縁眼鏡がインテリ風なやせた男の人だった。30代半ばぐらいかな。随分とお疲れのご様子だ。
「呪われたピアノ曲ですか。あなたがたも大変ですね」
妙な話題だな。わたしは例のごとく、イヤホンから聞こえる成司さんの言葉を復唱しながら思った。
「あ、あの…」
彼は口篭もっている。当人しか知らないような情報を晒し、機先を制し話の主導権を握る。いつもの成司さんの手だ(だんだんと解かってきた)。
「全国青少年ピアノコンクール実行委員・檜山大樹さん。今年の課題曲にあなたがたが選んだ“Daydream”。この曲を弾いた人たちが次々と重度の腱鞘炎を患った。中には二度とピアノを弾けなくなった人もいる。結局、課題曲変更という形で騒動は治まったようですが、一時は各方面から苦情が殺到していたそうですね」
そんなことがあったんだ。全くこんな情報、一体どこから仕入れてくるのやら。いつもながら感心する。何も知らない檜山さんは目を白黒させている。
「そんなことまで御存知なんですか?」
「世界の全てはわたしの目の中に入ってきます。第30回記念大会ということもあって小中高、そして成年の部共通の課題曲を公募されたそうですが、とんだ災難でしたね。ところで、この曲を作ったのは誰なのですか?」
彼は大きくため息をついた。お疲れどころか、今にも死にそうな風貌になってしまった。
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