第1章

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「実はそこが私の相談事なのです。この曲はその他の選考曲と同様に、楽譜と演奏を録音したテープとともに送られてきたのですが、作曲者の名前はおろか連絡先の住所・電話番号も記載されていなかった、素性の知れない曲なのです。ただ、芸術性、適度な難易度という点からみても素晴らしい曲です。委員会でも最高の評価を得たので、今回の課題曲に選出されました。しかし結果は……。一応、騒ぎは落ち着いたものの、上の者の怒りは治まりませんでした。これは明らかに確信犯だ。伸び盛りの青少年の芽を摘もうとする陰謀だとね」  うーん、逆恨みじゃないかな? 「そこで、わたしに作曲者を捜し出すように言ってきました。でも、警察は取り合ってくれませんし、郵便経路を調べても解かりませんでした。神童女様、どうかあなたのお力で犯人を見つけて下さい」 「やはりそうか…お手上げだな」  通話機から響く成司さんの声。――ちょっと、どういうこと? 「杏子ちゃん、適当な人物像をでっちあげて帰ってもらえ。今の時点では犯人の確定は無理だ」  そんな無責任な。だが、それきり応答はない。 しょうがないなあ。わたしは堰払いを一つした。 「その人の名前までは解かりません。40代後半、髪は長めで背の高い男性です。都内で喫茶店を開いていて、クラッシックを好んで店内にかけています。それもそのはず、かつては将来を有望視されていたピアニストでしたが、途中で挫折。そのため音楽を、とりわけ若く眩い才能をねたんでいますね」  適当なことを言ってしまった。こんなんでいいのかな? 「……参考になりました。さっそく都内を当たってみます」  檜山さん、道標ができて活気づいてきたみたい。こうも信用されると罪の意識を感じちゃうよ。 「ありがとうございました」  彼は晴れやかな顔で部屋から出て行った。 「ちょっと、成司さん。あんないい加減なことでいいの?」  全ての啓示が終わり、わたしは『本部』に駆けこんだ。成司さんはわたしを一瞥しただけで、無言のままだ。この人、饒舌なくせして、無駄なことは一切しゃべらないのだから。 「まあまあ、杏子ちゃん、あれは成司の力でもどうすることもできない類のものだよ」  ハッカーの達さんが弁護する。
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