第1章

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 変な日本語使って自慢されても。確かにけいちゃん短距離は早いが、マラソン大会ではすぐにバテるタイプだ。 「全くもう! 陸上なんてクソくらえってんだよ」 「こら、けー坊! 女の子がそんな汚い言葉使うもんじゃない!」  わたしの前にアイスティーを置きながら、この喫茶店のマスター・東路育郎さんが怒鳴る。 「おじさーん。聞いてよ、樋口ったらね…」  マスターは大げさに首を振った。けいちゃんにはレモネードだ。 「全く、お前みたいなお転婆に彼氏がいるなんて、未だに信じられんよ。ねえ、杏子ちゃん」  わたしは曖昧に微笑んだ。けいちゃんは、あかんべーをしている。  わたしたちがよくおしゃべりしに来るこの喫茶店。アンティークな造りの店内は大人っぽいというか古臭いというか。とにかく現代離れした雰囲気だ。中学生のわたしたちは、かなり浮いた客だと思う。  実はここのマスター、けいちゃんの遠縁で、そのためか紅茶ぐらいは奢ってくれるのだ。タダで時間を潰せる場所なので頻繁に訪れるという訳なのだ。ちなみにけいちゃんの親族と近所の人はけいちゃんのことを「けー坊」と呼ぶ。何だか可笑しい。 今日、ここで話そうと言い出したのはわたしだ。というのも昨日、最後の啓示で語った犯人のモデルってここのマスターだった(ごめんねマスター)。実際、この店のBGMはクラシック一辺倒だ。今もメンデルスゾーンの「月世界」が流れている。ピアノかどうか知らないけど、マスターはかつて音大に通っていたと言う。でも、悪人ではないし、まして『呪いの曲』なんて作るはずもない。昨日の檜山さんがもし来たら、何とか追い帰すつもりだった。 「ねえねえ、おじさん、たまにはロックでもかけてよ。そろそろ若者向けにアピールしなきゃ」 「そうだなあ、何故か今日は可愛い娘が多いしな。杏子ちゃんも明るい曲が好みかな?」 「でも、クラシックも素敵だと思います。わたしも小学3年生まではピアノやってましたから。それに落ち着ける感じがこの店に合っていますよ」  『可愛い娘』に含めてもらったお礼に少しだけリップサービス。でも、この店にロックは合わないだろう。  カラーン。
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