第七章 抱きしめてほしい

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今のわたしには多分耐えられない気がする。 「なずな、思ったより重症だね。まさかそんなにわんこのこと、好きだとは思わなかった」 朱音の声に我に返る。 「そうかなぁ。そういう問題じゃないと思うけど」 「そういう問題だよ。ていうか、そうとしか聞こえない」 あーあ、何だかあたし馬鹿みたい、と大きな声を出して、朱音は立ち上がり歩き出した。わたしも肩を竦め、ゆっくり立って後を追う。 でも、そうだな。いつまでもこのままでいられないことは、自分でもよくわかってる。だからできるだけ何が起こっても崩れないでいられる強靭さが欲しい。野上が突然わたしから去っても耐えられるように。恨まないように。 いつ彼がいなくなったとしても、わたしはあの子にできるだけのことをして、誠実に向き合ったと自分に胸を張れるように。後悔しなくて済むように。 できるだけ心の外壁をしっかり固めて、自分以外の存在も守っていける強さを手に入れないと。もう大人だし。責任もあるし。 そのためにも時間がほしい。あんまり呑気にしてる余裕がないことは、身にしみてわかってはいるけど。 それでもわたしは幸せだと思う。誰かが待っていてくれる。わたしでなければいけないと言っている人が。 朱音が振り向いて、つっ放すように声をかけてきた。 「何ひとりでニヤニヤしてんのさ。置いてくよ」 「ニヤニヤなんかしてないじゃん」 「してました~」 慌てて足を速めて彼女に追いついた。 「のど乾いた。何か飲もう」 「飲めるとこある?カフェとか」 「そんなこじゃれたもんあるんか。森林公園だし…。あんたはコーヒーさえあればいんだから」 喋りながら、何となく足取りは軽くなる。まぁいいか。何とかなるでしょ。なんだかヘンな脳内物質が出ているのかもしれない。わたしは普段より少し、楽観的な気分になる。 遊歩道を両側から覆うように被さる樹々。その梢から洩れる光の粒を浴びながら思いきりのけぞるように空を見上げた。 この世界の、どこにいるともわからない、いるかいないかも判然としない頼りないわたしの神様。 どうかわたしにこの足で前に進むのに充分な力をください。 《終》
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