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「心配ないですよ、万由里さん。将隆さまは、俺に任せて下さい」
笑顔で制服を受け取った康則を、信用してくれたらしい。万由里は無理に微笑み、頷いた。
シャワーを浴びて身支度を調え、康則は母屋から西に石畳の道で繋がる武道場へと向かった。
入り口の土間には、クーラーボックスが置いてある。昼食の握り飯と数本のスポーツドリンク、万由里の心遣いだ。
人払いをしているだけで、道場に鍵は掛かっていなかった。扉を開けると、大音量の音楽に合わせてトレーニングウェアの将隆が、真剣を手に仮想の敵と戦っていた。
目を閉じ、流れるような動きで数体の鬼を斬っている。
康則が入ってきた気配には当然、気付いていた。しかし、路肩の石ほどにも関心を向けはしない。
いや、違う。と、康則は思い直した。
苛立ちを抑えるため将隆は、昨夜から一人で自分と戦っていたのだ。恐らくは、康則を待っていた。
将隆に、応えなくてはならない。
クーラーボックスの中から冷えたスポーツドリンクを取り出した康則は、将隆が仮想する敵の動きに合わせて正面に進み出た。
白刃が、頭上の髪を数本、宙に散らせ頭蓋を断つ直前で止まる。
将隆が、ゆっくりと目を開いた。
差し出されたドリンクのボトルを受け取り、無造作に飲み干す。
その様子を見て、康則の緊張が少し緩んだ。ボトルを受け取ったのは、話を聞くつもりがあるからだ。
「ご心配を掛けて、申し訳ありませんでした」
真剣を鞘に入れて壁に設えた刀掛けに戻した将隆は、音楽を止めて康則に向き直った。
「誰がいつ、何の心配をした?」
心中を量ることが出来ない、射貫くような鋭い目、冷たい口調。
「相馬さんから聞きました。俺が拉致されたと知った将隆さまは、初めて会った時の印象とは違い、少し冷静さを失っていたそうです」
将隆は、小さく舌打ちをする。
「……あの刑事は意外と、お喋りだな」
相馬から口止めされたが、将隆の気勢を削ぐため利用させてもらった。状況を話せば許してくれるだろうと、心中に詫びる。
「相馬刑事には、いろいろ世話になりました。おかげで俺は、自分自身の問題に気付くことが出来た。将隆さまが、俺に言いたいのは……」
「黙れ」
低い威圧的な口調で将隆は、康則の言葉を遮った。
「おまえは勝手に一人で、先へ行こうとした。俺は、それが気に入らなかっただけだ」
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