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ドアが勢いよく開かれ、眉間に縦皺を刻んだ万由里が部屋に入ってきた。
深夜だというのに普段着姿なのは、将隆の帰りを待っていたからだろう。唇を真一文字に結んで、大きな目に浮かんだ涙を堪えている。
……これだから怪我のことは、知られたくなかった。
面倒な手続き、それは万由里の涙無しに、新しい制服を手に入れられない事だった。
「私は御爺さまから、将隆さまと康則さまのお世話を言い付かっています。お怪我をされた手が不自由なら、ご入浴のお手伝いでも何でも致します。まずは傷を見せて下さい」
「いや本当に、かすり傷だし。不自由も、全然ないから!」
同い年でありながら、母親や姉と同じ目で康則の身を案じる。
たとえ母親や姉であろうと、女子に入浴の手伝いをしてもらうなんて断固拒否するところだ。
まっすぐ差し出された、白く華奢な両手に血の付いた学生服を渡しながら、康則は天井を見上げ万由里の視線から逃げた。
しかし、傷を見せない限り引き下がるものかと必死に睨みをきかせる万由里に根負けし、しぶしぶ包帯を解く。
持ち込んだ救急箱から新しい包帯と消毒セットを出し、万由里は手際よく手当を始めた。
息の掛かりそうな距離で、小さな頭が揺れる。
ほんのりと香る甘い匂いは、万由里の好むシャンプーの香りだ。
普段ポニーテールに纏めてある艶やかな黒髪は、就寝前のためか二つに分けてゴムで縛り、胸元に垂らしてあった。
「俺の怪我のことは、将隆さまが?」
沈黙に耐えかね、康則は口を開いた。
「はい、心配されている御様子でした。将隆さまは、お怪我もされませんし、制服にほころび一つも作らないから……私には何も、出来ることがありません」
万由里は、少し拗ねたような言い方をした。
良く気が付き、こまめに働く誠実な少女にとっては、主人に必要とされない事がよほど不満らしい。代わりに康則の世話を完璧にやろうとするので、たまに困った事態を招くこともあるのだが。
今夜、怪我をしたのが肩口で良かったと、つくづく思う。怪我の場所によっては、丸裸にされかねない。
一般男子なら歓迎すべき状況かもしれないが、康則にとっては居心地が悪かった。深く考えもせず、夜中に少女を使わす主人を恨めしく思う。
手当を終えた万由里は、救急箱に包帯とハサミを片付けていた手を、ふと止めた。
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