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「以前、武道場に籠もられた将隆さまは、二日も出てこなかったんです。その時は、死んでしまうんじゃないかと本当に心配で……。昨夜、何があったかお爺さまは教えて下さらないし、私……」
急いで身支度をしたかったが、万由里の言葉に康則は興味を引かれた。
「以前って、いつ頃ですか? 何が、あったんです?」
話すべきか少し迷う様子で視線を外した万由里は、呼吸を整えてから、真っ直ぐな眼を向けてきた。
「清愁さまが、亡くなられた日です」
「万由里さんは、清愁さんを知っているのですね?」
「はい……あの様な事になられた優希奈さまを御世話するため、私が鬼龍の御屋敷に来た当時、清愁さまは将成さまの露払いを務めていらっしゃいました。とても穏やかで、お優しい方でしたから、亡くなられた理由を聞いたときは信じられなくて……」
康則は心のどこかで、自分の推測を覆してくれる材料を求めていた。しかし新しい事実を知る度、皮肉にも推測は逃れられない辛い現実へと近付いていく。
それでも真実を明らかにし、決着をつけなくてはならない。
「清愁さんが亡くなる前、何か様子が変わったところがありましたか?」
「亡くなる前、一ヶ月ほど清愁さまは御一人で武道場に籠もられる日が多くなりました。優希奈さまの件があって亜弥子さまはすぐに御屋敷を出て行かれましたし、私も含め皆さん沈んだ毎日を過ごされていましたから、鍛錬で御気持ちを紛らせているのだと御爺様が言っていました」
「そうですか……いたたまれない御様子の将成さまと亜弥子さまの傍で、万由里さんは辛い思いをしたでしょうね」
沈痛な面持ちで労りの言葉をかけると、万由里は白くなるほど唇を嚼み、泣きそうになるのを堪える。
「亜弥子さまが出て行かれてから半年経たずに将成さまが倒れられて、床に伏すようになりました。後になって、清愁さまに気を喰われた所為だと言う者もいましたが、違います」
「なぜ、違うと断言できるのですか?」
「だって……だって、もし清愁さまが将成さまの気を喰らった鬼なら、あんなに憔悴しきって、お辛そうにしているはずありません。私には不思議でした、それに比べて、あの方は……」
言いかけて万由里は、咄嗟に口に手を当てた。自分の口からは、決して言ってはいけない言葉を呑み込んだのだ。
何を言おうとしたのか、予想は付いていた。
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