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短い時間に過酷な訓練を受け、四月になって満開の桜に彩られた鬼龍家の門をくぐった。
風が強い日だった。
視界を遮るほどの花びらが庭に舞い、桜色の霞を作る。
その霞の向こうに、一人の少年が立っていた。
心の中まで見透かされそうな、冷たく、透明な瞳。
康則は知った。二人の関係は、一変したのだと。
将隆の瞳に映る自分は、既に友ではなかった……。
頭を振って当時の記憶を振り切り、煉瓦で作られた高塀を回って駐輪場のある裏門に向かう。
自家用車の送迎は、将隆を含め特例を認められた数人だけだ。名家の子女であろうと通学は徒歩か自転車が学園の方針だった。
徒歩と言っても大概は私道の下まで送迎車を使う家が多く、自転車で通うのは主に男子の少数派だ。
裏門の門柱手前で自転車を降りた康則は、背後に視線を感じた。それも直視ではなく、伺い見るような視線。
振り向かず、半分ほど開かれた真鍮の門扉に向かう。気配に敏感なことを気取られると、相手に警戒心を与え正体が掴みにくくなる。
数メートル歩いたところで、声が掛かった。
「きみ、ちょっといいかな?」
「えっ? ボクですか?」
驚いた顔を作り、自然に振り返った。道路を挟んだ歩道に、二十代後半から三十代前半くらいの若い男が人当たりの良い笑顔を浮かべて立っている。どうやら道向こうの敷地外駐車場から出てきたようだ。
量販店物の濃紺スーツ、ブルーのピンストライプシャツ。ワインカラーのドッド柄ネクタイは、結び目がだらしなく緩んでいる。
小走りに道路を横切り、男は康則に近付いた。
「駐輪場に並んでるの、外車ばかりだけど君は国産車なんだ? 趣味が良いなぁ……これ、アンカーでしょ?」
バイクを口実に、話の糸口を作るつもりらしい。
男の言う通り、門扉越しに見える駐輪場には名高い海外メーカーのロードバイクばかりが並んでいた。康則の自転車は国内メーカーの〈アンカー〉だが、フォルムも性能も海外メーカーに遜色なく気に入っている。
康則としては中学校の登校に使用していたママチャリで不自由なかったが、執事の鈴城が渋い顔をしたのでロードバイクに換えたのだ。
康則は、男に話を合わせて時間を無駄にするつもりはなかった。
「あの、何か用ですか? 始業前にやることあるから、急いでるんですけど」
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