第1章 業苦の鬼

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 成績は中の上、スポーツも一通りこなし、気さくに誰とでも付き合う康則に表向きの友人は多かった。  フレームのある眼鏡を掛けて長めに前髪を下ろしているのは表情を読まれないようにするためだが、かえって物静かで優しげな印象を与える役に立っている。  康則の立場は「誰からも好感を持たれ成績も良いが、目立たず、出しゃばらない鬼龍将隆さま付き御学友」であった。  どうやって話の輪に加わるか思案していたとき、一人の男子生徒が輪から離れニヤニヤしながら康則の机にやってきた。 「ヤス?! 聞いてくれよ! オレさ、今朝、刑事に事情聴取されちゃったんだぜ? スゲェと思わね?」  鳴海良昭(なるみよしあき)は興奮気味に鼻の穴を膨らませ、小さな身体を康則の机に乗り出した。 「別に、思わない。俺も今朝、裏門で刑事に話しかけられたよ」  軽くいなすと、良昭は大げさに肩を落とす。 「なんだ……じゃあ裏門使ってる生徒は全員、刑事に会ってるのかな?」  どうやら格上の生徒が使う正門に、刑事はいなかったようだ。  良昭は、大手外食産業会社の社長子息だ。家柄は格下でも、堂々と正門を使える規模の大会社である。  しかし良昭にとって気兼ねなく朝の挨拶を交わす事が出来るのは、裏門を利用する生徒だった。  十六歳にしては小柄だが、気が強く足が速い。ちょろちょろと話の輪に潜り込んでは、様々な噂話を拾って来て自慢そうに話してくれる。いまも机越しに大きな目をくるくる回し、何か言いたそうな顔で康則を見ていた。  まるで、遊んで貰うことを期待している子犬だ。 「で? 何かあった?」  背負い型の学生鞄から机の中に教科書を移しながら康則は、興味なさそうに聞いた。興味ありそうな顔をすると、もったいぶって情報を出し渋ると解っている。  我が意を得たとばかりに、良昭の目が輝いた。 「それが、おっそろしい事件がさぁ……」  良昭が聞いた噂話では、今朝六時頃に犬の散歩をしていた女性が学園裏手のケヤキ林で死体を見つけたそうだ。  ケヤキ林の中には一般道から裏門に続く遊歩道があり、最寄り駅から徒歩で通う生徒の近道になっている。死体は、その道を利用して通っていた坪井遥香という学園二年生の女子生徒だった。  目立った外傷や着衣の乱れはなく、死因も死亡推定時間も今のところ特定出来ないそうだが……。
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