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日向子のおかげで、何とか自分の動揺を誤魔化すことが出来た。
「へぇ……日向子さんは、こんな情報、もう知ってたんだろ?」
まさしく鬼の首を取ったようにニヤニヤする良昭を、今度は日向子が睨む。
「先ほどは、これほど詳しく話されていませんでした。わざとですね? いいわ、覚えてらっしゃい!」
気の強い美女は後が怖いとばかりに、良昭は肩をすくめた。
「あの……康則さま、もう平気ですから……手を、お離しになってください」
小さく呟いた日向子から、康則は手を離した。少し顔が赤いのは、良昭に怒った為だろう。
「わたくし……昨夜は眠ることが出来なかったのです。昨夜、父とお付き合いがある方のお屋敷から火が出て、わたくしも知っている姉様と多くの方が亡くなられました。昨日は姉様の婚約披露宴で両親も招待されていたのですが、急に参列を取りやめたから大事なかったのですけれど……」
高槻家のことだ。鞠小路家が参列を取りやめたのは、鬼龍家からの伝達があったからに違いない。
「とても穏やかな心情ではいられなくて、気分が優れないのです……」
「無理しないで休んだら? 迎えを呼んであげようか?」
「康則さまにお願いするなんて、出来ません! 自分のことは自分でしますから、大丈夫です!」
切れ長の目に強い意志を込め、日向子は優美に微笑んだ。
よほど気分が優れないのか、まだ頬が赤かった。
◇
午前中に集めた情報は授業時間の一部を使って整理と確認を行い、昼休みを待って康則は学習室を訪れた。
学習教室は別名〈朱雀館〉と呼ばれる科目棟五階にあり、HR棟の〈青龍館〉からは一階と三階がガラス張りの渡り廊下で繋がれている。
眼下に広がる東京湾の眺望が美しい窓際の机で、将隆は本を読んでいた。
熱反射ガラスを透過した、柔らかい光が浮かび上がらせる色素の薄い髪や肌、深く澄んだ瞳、高く細い鼻梁。西洋人形の佇まいは、外界の雑音をオーディオプレイヤーから伸びたイヤフォンで遮断している。
闇色の髪と瞳、日焼けした褐色の肌。一般社会との関わりを、用心深く保とうとする自分とは対照的だ。
「刑事に、捉まったそうだね?」
気配を感じ顔を上げた将隆は、悪戯っぽい笑みを向けた。
「……ご存じでしたか。今朝、裏門手前で幾つか質問されました」
捉まった、と言われ康則は苦笑で応じたが、内心では不本意だった。
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