114人が本棚に入れています
本棚に追加
だが敵が、いかに強敵であろうと関係ない。
露払いたる自分の仕事は、先発部隊に続き雑兵どもを一掃するのみだ。
ただ、彼等と違うことが、一つだけあった。
それは康則だけに託された使命を果たすまで、決して死が許されないことだ。
襟に止めた通信機で手短に状況報告し、戦意を新たに母屋を目指す。
敵の御大将が待つであろう奥座敷までの道を、早急に開かなくてはならない。あまり時間が掛かると、面倒なことになるからだ。
母屋に近づくほど、死体の数は増えていった。
屋敷から逃げだそうとした家族や使用人は、誰一人として門から出られず餌食となっていた。
腹の膨れた他の鬼は、屋敷内で休息中か姿はない。
注意深く広い正玄関に踏み込むと、家人が来客を出迎える取り次ぎ間に、一辺が二メートルはある立派な衝立が置かれてあった。
分厚いケヤキの一枚板に彫り込まれた、伝説の四獣神。
青龍、白虎、玄武、朱雀、それぞれが宝玉を咥え……。
違う、咥えられているのは宝玉ではない。
四つの人間の、生首だ。
もともと填め込まれていた玉石を砕き、無理に押し込んである。しかも衝立の上にまで、整然と三つの生首が並んでいた。
紛れもない、七名の先発部隊員の顔だ。
「ふざけた真似を……」
「手の込んだ悪戯だねぇ。それとも、これは挑戦状かな?」
康則の呟きに重なり、間近に聞こえた言葉は通信機からではなかった。
溜息と共に、声の主に向き直る。
「将隆さま……あなたの御役目は、頭目を斬ることです。雑兵に、御手を汚される必要はありません。自分に、お任せ下さい」
「嫌だね、俺も遊びたい。退屈させるなよ」
鬼龍将隆(きりゅうまさたか)は琥珀色の瞳をすっと細め、不敵な笑みを浮かべた。
夜風に流され金に輝く、赤味を帯びた真っ直ぐな髪。康則より小柄で細身だが、同じ錆浅葱の学生服姿だ。
両耳がイヤフォンで塞がれているところを見ると、おそらく報告は聞かず襟に留めたオーディオプレイヤーで気に入りの音楽を流しているのだろう。
そして手には、三尺はあろう大振りの太刀〈鬼斬り〉。
正門から同じ経路で来たはずだが、血と泥に汚れた康則の制服とは違って、ブーツも学生服の裾も綺麗なままだ。
空を、飛んできたのだろうか?
半年前、鬼の血で汚れた戦闘服を全て脱ぎ捨ててしまった将隆に、困り果てたことがある。あの苦労は、二度とゴメンだ。
最初のコメントを投稿しよう!