第1章 業苦の鬼

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 だが敵が、いかに強敵であろうと関係ない。  露払いたる自分の仕事は、先発部隊に続き雑兵どもを一掃するのみだ。  ただ、彼等と違うことが、一つだけあった。  それは康則だけに託された使命を果たすまで、決して死が許されないことだ。  襟に止めた通信機で手短に状況報告し、戦意を新たに母屋を目指す。  敵の御大将が待つであろう奥座敷までの道を、早急に開かなくてはならない。あまり時間が掛かると、面倒なことになるからだ。  母屋に近づくほど、死体の数は増えていった。  屋敷から逃げだそうとした家族や使用人は、誰一人として門から出られず餌食となっていた。  腹の膨れた他の鬼は、屋敷内で休息中か姿はない。  注意深く広い正玄関に踏み込むと、家人が来客を出迎える取り次ぎ間に、一辺が二メートルはある立派な衝立が置かれてあった。  分厚いケヤキの一枚板に彫り込まれた、伝説の四獣神。  青龍、白虎、玄武、朱雀、それぞれが宝玉を咥え……。  違う、咥えられているのは宝玉ではない。  四つの人間の、生首だ。  もともと填め込まれていた玉石を砕き、無理に押し込んである。しかも衝立の上にまで、整然と三つの生首が並んでいた。  紛れもない、七名の先発部隊員の顔だ。 「ふざけた真似を……」 「手の込んだ悪戯だねぇ。それとも、これは挑戦状かな?」  康則の呟きに重なり、間近に聞こえた言葉は通信機からではなかった。  溜息と共に、声の主に向き直る。 「将隆さま……あなたの御役目は、頭目を斬ることです。雑兵に、御手を汚される必要はありません。自分に、お任せ下さい」 「嫌だね、俺も遊びたい。退屈させるなよ」  鬼龍将隆(きりゅうまさたか)は琥珀色の瞳をすっと細め、不敵な笑みを浮かべた。  夜風に流され金に輝く、赤味を帯びた真っ直ぐな髪。康則より小柄で細身だが、同じ錆浅葱の学生服姿だ。  両耳がイヤフォンで塞がれているところを見ると、おそらく報告は聞かず襟に留めたオーディオプレイヤーで気に入りの音楽を流しているのだろう。  そして手には、三尺はあろう大振りの太刀〈鬼斬り〉。  正門から同じ経路で来たはずだが、血と泥に汚れた康則の制服とは違って、ブーツも学生服の裾も綺麗なままだ。  空を、飛んできたのだろうか?   半年前、鬼の血で汚れた戦闘服を全て脱ぎ捨ててしまった将隆に、困り果てたことがある。あの苦労は、二度とゴメンだ。
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