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今日は同じ事態にならないでほしいと、康則は祈った。
そのためにも、敵将を引きずり出すまで刀を抜かせてはならない。
「先に、自分が奥座敷へ……」
康則が言いかけた言葉を、将隆は眼前に手をかざし遮った。
「話はあとだ、康則。奴らの出迎に、応えようじゃないか」
血の臭いを纏わせ、闇の深淵から背筋を凍らせる気配が近付いてくる。
幾重にも重なる、獲物を威嚇する低い唸り。
将隆が〈鬼斬り〉を頭上に掲げ、美麗な潤み塗りの鞘を払った。
凄みを帯びた輝きが、波紋に沿って切先から鍔へと流れ落ち、優美な所作で弧を描き上段に構えた時、空気を震わせ澄んだ鈴の音が鳴った。
その音を合図に奥の襖が爪で切り裂かれ、二体の鬼が飛び込む。
天井の梁に届く長身、康則が倒した鬼の倍はある体躯が六畳の取り次ぎ間を塞いだ。奴らの武器は長く伸びた爪と牙、隆々と猛る筋肉。
諌める言葉は、既に無駄だった。
瞬時に将隆の姿が消えたと思うと、岩の固まりが康則の肩口を掠め、玄関口に叩き付けられた。
同時に一体が、畳を割り床下に沈み込む。
岩と見えたのは、斬り落とされた鬼の首だ。
続き、もう一体の懐に入った将隆は舞うように刀身を翻し、鬼の胸部を蹴り上げ反動で遠くへ跳ぶ。
視界を縦に分断する血色の幕が降ろされ、蹴られた巨体が縦真っ二つに穿たれた。
〈鬼斬り〉の全長は、柄を含め一四〇センチ弱。重量十三キロ強。
普通に考えたなら、身長一七八センチの高校生が扱う大きさではない。
だが将隆は、息の乱れもなく身体の一部のように自由に動かし、一滴の返り血も浴びなかった。
圧倒的に速く、強い。
なおかつ、比類なき美しさ。
「奴らの相手は、最初から俺一人で十分だ……八名は無駄死にだったな」
苦々しく呟く将隆に、康則は反意を唱えようとしたが、止めた。なぜ八名の犠牲が必要だったか、将隆自身が一番良く知っている。
「ところで頭目は、やはり頼子なのか?」
「はい、残るは〈三つ角鬼童子〉となった頼子様だけです」
やはり、報告を聞いていない。
康則の応えに将隆は、〈鬼斬り〉の刃を検分する手を止め涼しい顔で笑った。
「数え間違いだな、もう一体いる」
くぐもった爆発音と共に奥座敷から火の手が上がり、甲高い女の嗤い声が響いた。
血紋様と揺らぐ炎に染め上げられた緋の打ち掛け、熱風にたゆたう長い黒髪。
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