第1章 業苦の鬼

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 高槻一族が自慢の美姫、頼子が礼装の青年を伴い姿を現す。  大手財閥である高槻家は、明治のはじめより鬼龍家と付き合いがあった。数ヶ月前に将隆の供で財界人の集う園遊会に出席した康則は、二十歳を過ぎたばかりの頼子に会っている。  目鼻立ちのはっきりとした、太陽のように明るく快活な女性だった。  だが今、目の前にいるのは別人だ。  精気を吸い取る金の瞳、妖しくぬめる深紅の唇。  闇を支配する、魔性の美貌。 「我が婚礼の宴にようこそ、鬼龍家の若君。ところで御当主は、どちらにおいでかしら?」 「あいにくだったな。今は俺が、鬼龍家四十三代目当主だ」  不本意ながらの素振りで、将隆が肩をすくめた。  すると頼子は片眉を弧に吊り上げ、嘲笑の口元を袖で隠す。 「おまえのような子供に〈鬼斬り〉を託すとは……力不足でしょうに?」 「力不足かどうか、試してみるか?」  将隆が挑発すると、頼子の代わりに傍らの青年が進み出た。  黒羽二重の羽織を引き裂き、見る間に鬼へと変化する。これまで対峙した鬼とは姿形が異なり、筋肉質だが細身の体型に人間らしさの残る面立ち。  だが眉間には、紛れもなく二本の角。〈二つ角鬼童子(ふたつつのおにわらし)〉だ。 「将隆さま……!」  素早く康則が間を割ると、将隆は不快そうに眉根を寄せ刀を引いた。  そのわずかな機を逃さず、矢継ぎ早に繰り出された鋭い爪が康則を襲う。  喉笛を貫かれるところを紙一重の差で逃れたが、グラスファイバーを織り込んだ学生服が切り裂かれ、肩に血が滲んだ。 「俺の前に立つつもりなら、手間取るな」  将隆の目が、康則を射貫く。 「はい」  燃え盛る屋敷から、熱風の渦が巻き上がった。  襟元を緩め息を整えた康則は、汗ばんだレザーグローブで柄を握る手を改める。  踏み込みざま、袈裟懸けに斬りつけた。が、〈二つ角鬼童子〉は敏捷な身のこなしで太刀先を逃れ、康則の後ろをとった。  交差した両腕が胴を締め上げ、肋骨が軋み悲鳴を上げる。  爪先を脇腹に喰い込ませ、鬼は汚らしい唾液を滴らせながら康則の項に生臭い息を吐いた。 「キモチ悪いんだよ!」  両腕を封じられながらも手首を返し、逆手に持ち替えた太刀を後ろに突く。  鬼の拘束力が緩んだ隙に素早く抜け出し、康則は握る両手に満身の力を込めて太刀を払った。  跳ねられた首は、空を切りながらもなお歯を剥き出し、将隆へと襲いかかる。
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