第1章 業苦の鬼

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 すると将隆は、その首を膝で受け、ひらりと身体を回して外へと蹴り飛ばした。 「頼子、君は〈業苦の鬼〉の力で、何をするつもりだ? 上手く利用できると思っても、鬼本来の欲望に抗うことは出来ない。行き着くところは、終わり無い餓えと渇きだけだ」  深い闇に、凍てついた琥珀の瞳を艶めかせ、将隆は冷笑を浮かべた。  炎を映す髪が、わずかに逆立ち黄金色に輝く。 「生意気な……若君ね」  三本の禍々しい角が、頼子の眉間を突き破った。 〈三つ角鬼童子〉……。  血族の犯した罪、〈業苦〉が積み重なったとき、子孫の誰かが鬼に変わる。  それが、〈業苦の鬼〉だ。  大抵は知性が低下し野獣に近い〈一つ角鬼童子〉となるが、中には生来の邪心と融合させ、知性と身体能力に優れた凶悪な鬼となる者もいる。  高槻家は、どれほどの罪を重ね他者に恨まれ、業苦を積み重ねてきたのか。  また頼子は、どれだけの邪心と欲を抱き昇華させたのか……。  初めて〈三つ角鬼童子〉と対峙する康則の全身に、緊張が走る。  欄間に掛けられた薙刀を手にとり、頼子は康則に目もくれず将隆に向かった。緋の打ち掛けで雅に舞いながら長い柄を操り、有利な間合いで打ち掛かる。  まるで、からかうように切っ先をかわしながら将隆は、花菖蒲が美しく並び咲く池の畔に頼子を誘い出した。  背後で大きく炎が爆ぜ、轟音と共に母屋が焼き落ちる。 「無能な連中を送り込んできたと思ったら……屋敷を焼き払うのが目的だったようね。きちんと、仕事を済ませてから死んだのは感心するわ。おかげで始末の手間が省けた。これで私は自由。力も富もある……あとは、おまえを殺すだけ」  火の粉が踊る夜空に、頼子の高笑いが響き渡った。 「死ぬのは、貴様だ」  言うより早く、将隆の太刀が宙を裂いた。 〈鬼斬り〉の使い手だけが執行できる技、〈絶戒〉。  鬼と化した者達の〈業苦〉を浄化し、尽きることない餓えと渇きから解き放つ事が出来る唯一の技だ。  命を削り、気を込めた一撃は青白い閃光となって三本の角を弾いた。  勝利の歌は一転し、敗北の悲鳴に変わる。 「おの……れ、鬼龍!」  力の源を絶たれた頼子は、よろめく身体を薙刀に預け体勢を整えた。  最後の反撃、猫の身のこなしで将隆の懐に飛び込み肩を掴んだ……はずが、その手が空を切る。 「汚い手で、触るな」  ひらり、と、地に降り立った将隆の瞳に魔が宿った。
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