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それは楯となり守るべき主人を、最後は自らの手で殺さなければならない宿命。
康則が無線に撤収を告げると、事後処理隊が隊列を組んで整然と二人の横をすり抜けていった。
将隆は襟に留めたプレイヤーを引きはがし、池に放り投げる。
「少し、血で汚れた。そろそろ飽きてたから、丁度いい」
戦いの記憶は、真新しいオーディオプレイヤーの曲と共に、池の底へと沈んでいった。
◇
横浜市の南西、多くの神社仏閣が建ち並び、古い歴史の面影を色濃く残した丘陵地。
その一番奥まった場所に、高い石塀で囲まれた鬼龍家があった。
約七千坪の敷地には、手入れの行き届いた木々と優美な日本庭園、広大な書院作りの武家屋敷と七つの蔵、厩舎と馬場、射場と武道場、別棟が二つあり、竹林に守られた背後は切り立った崖になっている。
康則に与えられた自室は母屋の東側、リビングを挟んで繋がる六畳の和室と八畳の洋室だ。
部屋に戻りドアを閉めると、腰を落ち着ける暇無く学生服を脱ぎ、肩口の傷を調べる。
幸いなことに、十センチほど皮膚が裂けているだけで軽傷だった。出血も止まっているので、消毒してガーゼを当てておけば二、三日でふさがるだろう。
だが問題は、学生服だ。
キャビネットの引き出しから簡易救急箱を取り出しソファに身を沈めた康則は、慣れた手つきで包帯を巻きながら小さな溜息を吐く。
戦闘に、学生服を着るのは理由があった。
〈業苦の鬼〉は、由緒ある一族に出ることが多い。従って、退治を請け負う鬼龍家としては礼節を重んじ、正装にて対応しなければならないのだ。
その点、学生の正装である学生服は丈夫で機能性もあり、あらゆる場面で見咎められない便利な服だった。
通学時は無論のこと、普段の生活でも外出の際は不測の事態に備え、改良してある制服を着用することになっていた。替えならいくらでもあるが、新しく用意して貰うためには面倒な手続きが必要だ。
いっそ、裁縫は苦手だが自分で縫ってしまおうか?
だが染みついた血痕は、誤魔化しようがない。
「康則さま、御在室ですか? お怪我をされたと、伺いましたが」
遠慮がちなノックと共にドア越しから、やわらかな少女の声がした。
鈴城万由里。鬼龍家執事である鈴城の孫娘だ。
「あ、いえ、たいした傷じゃないから自分で包帯巻きました」
「ダメです! ちゃんと見せて下さい!」
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