メジャー始動の陰で忍び寄るもの

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駆け落ち。  ようやくその意味を理解した時、別の意味でショックが襲ってきた。  夢の話を聞いていて、どうしてその単語が出てくるのか分からなかった。  むしろ一哉くんがどことなく考えるのを放棄したがっているような、何かから逃げたがっているような不安定さを感じて、小さく身震いした。  18歳とはいえ、ずっと頼れる大人は司さんを始めバンドメンバーばかりで過ごしてきた。  両親……母親とは絶縁していると聞いている。  そのことが大きな影を落としていないわけがない。歌っている時や普段生活している時には全然そう思わせないけど、精神的に脆い部分があるのかもしれない。 「正念場、かな…」  メジャーデビューを前にしている今だからこそ、きちんと自分の納得できる着地点を自分で引き受けないと辛くなる。もしもメジャーデビューについてNOという答えが出 でも、向き合わないとならない。  夢は何かと問うた。  きっと一哉くんは今、すごくそれを真剣に考えてくれている。答えは、ただ本人だけが出せるものだ。私は見守るしかできない。  どんな答えでも一哉くんのそばにいよう。  一哉くんの出した答えを信じよう。  駆け落ちは言葉のあやだ。  その裏の真意を言葉にしてくれるのを待っていよう。  それが私のできることだった。とりあえず今は様子を見るしかない。そう思いながら集中して楽屋で仕事を続ける。  その時、ふと視線を感じて顔をあげた。開け放っていた楽屋のドアの向こうに同い年くらいの男性がドアに手をかけてこちらを見ている。  ストレートの黒髪にすらりとした長身、パリッとしたスーツにナロータイと黒縁のメガネが洗練された印象を与える。  誰か知らないけれど会釈しようとした時に柔らかく通る声が耳に届く。 「……君、このライブハウスの人?」 「え、いえ。違います」 「仕事?」 「ええまあ」  レコード会社の人だろうか。 「ジャマしてもいい?」  にこりと笑って、私の承諾もなく部屋に入ってくる。  レコード会社の人にしてはちょっと非常識だな、と思いながら、目に触れさせない方がよいものをさりげなく伏せる。  見知らぬ彼はテーブルの向かいの席に腰かけるとにこにこと人のよさそうな顔で身を乗り出して私を見つめる。 「あの、失礼ですがどちら様でしょう?」
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