メジャー始動の陰で忍び寄るもの

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 いぶかしげに訪ねた言葉に、相手が軽く目を見開く。  何かまずいことでも言ってしまったのだろうか。不安になって視線をそらす。 「へえ……知らないんだ?」 「え?」  こういう言い方をしてくるということは、自分のネームバリューに自信があるからだ。ということは音楽関係の有名人なのだろうと見当はつけられるものの、殲滅ロザリオを知ったばかりの身としては、そこまで音楽シーンに明るいわけではない。 「ごめんなさい、私あまり詳しくないので……」  素直に謝ると、目の前の彼が楽しそうに笑う。 「素直だね。うん、気に入っちゃった」  気に入った? 「廣瀬カオル。よろしく」  右手を差し出して、ようやく名乗った相手に気おされながらいちおう名乗る。 「高梨涼です。よろしくお願いします」  一体何者なのだろう。  かすかな不信感がぬぐえないまま同じ右手を差し出す。そして放そうとして、そのまま握られて放してもらえない。 「すみません、手を」 「涼さん、このまま遊びに行きません?」 「は?」  なんなの、この人。まさか楽屋でナンパされるとは思わなかった。  不快な気分に思わずため息が出た。  こういう軟派な輩はきちんと断るのが鉄則。 「仕事中です。私以外の方を誘ってください」  きっぱり断ると、わずかに怯んだのか相手の手が緩む。  すかさず手を抜いて、再びノーパソに向かう。これ以上ヘタに相手をすると、調子の乗られるだけだ。  第一に構っている暇なんてないのだ。カタカタと作業を進め始めた私に、廣瀬さんが大きくため息をつく。 「ごめんね、ジャマして」  しおらしい言葉に目もくれない私に諦めがついたのか、廣瀬さんが立ち上がって去る気配がする。 「あれ、廣瀬くん?」 「あ、司さん! ご無沙汰してました」 「久しぶりですね。あいかわらずの人気、きこえてきますよ」 「はは、殲ロザの勢いだってすごいじゃないですか」 「メジャーは勝手が違うからなかなか……って、この部屋に用でも?」 「仕事に没頭してたキレーな女性がいたもんでつい」  知り合いなのか。  思わず邪険にしてまずかったかなと思って、司さんの顔を見る。司さんはにこりと笑って廣瀬さんを見る。 「うちの有能な秘書ですよ」 「さすが殲ロザ。見る目ありますねーオレ、気に入りました」 「……ホント、あいかわらずそこんとこも変わらないですね」
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