メジャー始動の陰で忍び寄るもの

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「お世話になっております」  レコード会社のマネージングディレクターの坂崎さんの挨拶に返して、場を見守る。 基本的に私は黒子のような存在で、バンドの方向性やコンセプト関係には口を挟まない。ただ坂崎さんたちの好意で、同席させてもらえている。  それはとても刺激的な時間だった。会議や打ち合わせの場を見ていると、前職とは違って、どんどん意見を重ねて皆でつくりあげていくかのようなクリエイティブなスタイルだ。  そして今、一哉くんが渋っていることの一つ。  それは、坂崎さんたち海外のメジャーレーベルをバックにもつワールドミュージックジャパンから提案されているプロモーション戦略にあった。  一哉くんをフロントマンとして、もっと立てるということ。その美貌と天性の声をもっとフルに押し出したいというのが彼らの大きな意向だった。  ヴィジュアルでも売っていく。そうしてまずは顔ファンをつくってでも周知させたい、ということらしい。  一哉くんのモデル顔負けのスタイルなら当然の帰結だった。 「一歩譲って、ヴィジュアル先行って言うけど、殲ロザはV系の伝統でもないしネオV系でもないから。そこはき違えてねー?」  大の大人である坂崎さんは、ワールドミュージックジャパンの中でもかなり腕利きと聞く。その相手に敬語すら使わない一哉くんに、最初はハラハラしていたけれど今では慣れてしまった。というより、もとから坂崎さんがそういうスタンスを一哉くんに強制していないのが大きい。 「もちろんはき違えてませんよ。ヴィジュアルというのは、トーイの容姿そのもののことですから」  インディーズの時と違い、だいぶ多くの人の思惑が入り乱れそうで、面倒なのが嫌がりがちな一哉くんは不機嫌だ。 「できれば、髪は黒に戻してほしいんです。それから最初はステージ上のファッションも黒ベースで」 「だからさ、ロックだからってブラックとか、ステレオタイプすぎね?」 「そうなんですが。……実は、トーイにはファッションモデルとしても動いていただきたいんです」 「は?」  寝耳に水のように、一哉くんが一瞬何を言われたのか分からず、眉をひそめる。それは私も同じだった。
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