メジャー始動の陰で忍び寄るもの

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「……モデルなんて考えてもなかった」  私からドリンクを受けとりながら、一哉くんがぽつりと呟く。 「坂崎さんは悪いようにはしませんよ」  司さんが苦笑しながら、一哉くんの頭にポンと手を乗せる。 「分かってっけど」 「まあ……戸惑うことも多いが、海外に強いレーベルだ。坂崎さんはベテランだし、どうしても嫌がるなら、無理はさせないだろう」 「オレらの音楽性を曲げないしねぇ。フツーもっとレコード会社に引っ掻き回されるもんだけどさ、どちらかといえば、コアな部分は守ってくれてる感じだしね」 「そうじゃないと困るわ。プロモーション面でしっかりサポートしてくれな」  Hさんの厳しいセリフに、セリさんが同意して笑いながらドリンクを一気に飲み干す。そしてそのまま楽屋を出ていく。 「じゃ、またー」  Hさん、陣さんもふらりと楽屋を出ていく。  体を伸ばすようにしてソファにだらりと座っていた一哉くんも億劫そうに起き上がるとふらりと楽屋を出て行く。その後ろ姿をちらりと視線で見送る。 「心配ですか?」  司さんが微笑みながら聞いてくる。 「そうですね…。意に添わないことをやるのは、一哉くんにとって苦痛でしょうから……」 「でも決めたらやる。それがプロですから」 「そうですね」  司さんはさらりと言い切ると、私に殲滅ロザリオの仕事で指示出しを始めた。  機材の発注やお金の入出金、ライブハウスへの出演関係などの仕事にとりかかる。意外にやることは多く、片手間では転職活動も進んでいない。  ただ殲滅ロザリオ自体が早いうちに音楽事務所に所属することが決まっていて、本格的にマネージャーがつく。  デビューが近づくにつれて業務の複雑さと物量的な多さに、私も限界を感じながら、アシスタントだけではとても間に合わないと、司さんと話をして判断してもらったのだ。それまでは私が私設的なマネージャーという話もあったけれど、やはり普通に判断しても無理があった。  司さん自身も医者業の引き継ぎなど問い合わせも多い。廊下に電話しに出ていった司さんと入れ替わるようにして一哉くんが入ってくる。  ふっと鼻についた匂いに煙草を吸っていたと分かる。
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