メジャー始動の陰で忍び寄るもの

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一哉くんはスコアを眺めながらギターを爪弾いてメロディラインと歌詞を確認している。明日のライブでやる曲のチェックに余念がない。  そのメロディを意識の片隅で聞きながら、ノーパソで仕事を進め、ときおり電話しながら業務をこなしていく。 「涼、アシマネ辞めるって?」  ふいに一哉くんがギターを爪弾きながら聞いてくる。 「え、ああ、うん。事務所も決まったし、そろそろね」  そう答えると、一哉くんはギターを脇に置いて私の隣に座った。  どうしたのかと見守っていると、そのままぽすっと私の膝の上に頭を乗せて横になる。 「なんかメジャーってメンド……」 「何言ってんの。デビューしたくてもできないバンド、たくさんあるんだよ?」 「そーだけど……」 「モデルが嫌?」 「……別に……司たちの夢知ってるし、特別なんもしなくていーならいーんだけど……」  煮え切らない態度に、ノーパソに置いていた手で一哉くんの髪を梳く。  この銀色の髪は好きだったけど、黒髪の一哉くんも見てみたい。そうふと思いながら、前から気になっていたことを聞いてみる。 「司さんたちの夢だからなの? 一哉くんの夢とは違うの?」 「……」 「一哉くんは世界のすごーく有名な、名だたるバンドと肩並べたくない?」  私の疑問に、一哉くんは私の膝の上で向こうを向いたまま答えない。  いったい一哉くんの夢はなんだろう。  陣さんに見出されて、流れのままバンドのヴォーカルをやるようになって。そこまできつい下積みもしていない。  大きな失敗もしないうちに人気が出た。そしてあっという間にメジャーへの道が開いた。そういうバンド活動をしてきた。  貪欲に何かをつかむ、という想いがなければこの先音楽活動のモチベーションを保つことは難しい。ただ他人のため……司さん達のためなら、いつか糸が切れる時がきてしまう。  優しく髪をすいていると、目を閉じていたらしい一哉くんが顔の向きを変えて、私を見上げた。 「……涼」 「うん? なあに?」 「駆け落ち、しよっか?」  一瞬、なんて言われたのか分からず、目を瞬かせる。 「……え?」 「ジョーダン、オレちょっと出てくる」  体を起こした一哉くんは小さく笑いながら、真意を計り兼ねて固まっている私の唇をかすめとって楽屋を出ていく。  それを見送ってさえ呆然としていた。
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