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弟の気持ちを知っている俺は、シュウの前で由宇を連れ去ることはできない。シュウが由宇を好きだとハッキリ言えば、黙って身を引くしかない。
できる自信はないけど。
「ねえ、由宇っていう子。そういえば、」
「由宇!」
亜美が言いかけたところで、シュウが叫ぶ。視線の先には、ちょうどエントランスを抜けた由宇。飼い主を見つけた犬のように、シュウが駆け寄っていく。
退社する時、窓越しに見えた由宇の顔。疲れたようで、化粧もいつもより薄かった。というより時間が時間だったから、化粧崩れってヤツかもしれないけど。
でも、今。綺麗に巻かれた髪と、出社した時同様の完璧な顔。そういうのに疎い俺でもわかる。
今から会う誰かのために、外見を整え直した。
心臓がうるさい。嫌な予感しかしない。
のん気なシュウは多分、いつも通り綺麗な由宇だなんて思っているに違いない。
違う。あの完璧な外見は、シュウのためではもちろんないしましてや俺のためでもない。
「あの子、シュウの彼女なの?」
「いや、本人はそれを望んでるみたいだけど…違うな」
「ふーん。てっきり、藤次郎はあの子と付き合ってるんだと思ってたけど。だって、」
“あの子の初めて、藤次郎がとっちゃったんでしょ?”
容赦ない亜美の言葉が、二十六歳の俺を連れて来た。
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