気づきはじめた男

5/5
99人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
弟の気持ちを知っている俺は、シュウの前で由宇を連れ去ることはできない。シュウが由宇を好きだとハッキリ言えば、黙って身を引くしかない。 できる自信はないけど。 「ねえ、由宇っていう子。そういえば、」 「由宇!」 亜美が言いかけたところで、シュウが叫ぶ。視線の先には、ちょうどエントランスを抜けた由宇。飼い主を見つけた犬のように、シュウが駆け寄っていく。 退社する時、窓越しに見えた由宇の顔。疲れたようで、化粧もいつもより薄かった。というより時間が時間だったから、化粧崩れってヤツかもしれないけど。 でも、今。綺麗に巻かれた髪と、出社した時同様の完璧な顔。そういうのに疎い俺でもわかる。 今から会う誰かのために、外見を整え直した。 心臓がうるさい。嫌な予感しかしない。 のん気なシュウは多分、いつも通り綺麗な由宇だなんて思っているに違いない。 違う。あの完璧な外見は、シュウのためではもちろんないしましてや俺のためでもない。 「あの子、シュウの彼女なの?」 「いや、本人はそれを望んでるみたいだけど…違うな」 「ふーん。てっきり、藤次郎はあの子と付き合ってるんだと思ってたけど。だって、」 “あの子の初めて、藤次郎がとっちゃったんでしょ?” 容赦ない亜美の言葉が、二十六歳の俺を連れて来た。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!