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でも、最近は思ってしまう。
由宇と出逢わなければよかったかもしれない、と。
これが後悔なのか、ただの想像なのかはわからない。
由宇と出逢わなければ、俺はどんな人生を送っていたのか。想像してみるのも少し面白いと思っただけだ。
「次長…間宮次長!!」
「あ?」
「とっくにお昼休み、終わってますけど」
「今、何時?」
秘書に質問しておきながら、俺の視線はしっかりと、入口横の壁に掛けられた時計に向けられていた。
「あー…くそ。寝る予定だったのに…」
「二時から柴田様とお茶のお約束です。大丈夫ですか?」
「わかってる。二十分後に車回しといてくれ。準備して行くよ」
「はい」
バタン、と部次長室の扉が閉まり、秘書のヒール音が遠ざかって行ったのを確認し、ジャケットの胸ポケットから私用のスマホを取り出す。
履歴が由宇で埋め尽くされている。発信はほぼ俺から。由宇から俺を求めてくることは皆無に等しい。
「確実に来る未来…か」
“どうせあたしの手の届かないところに行っちゃうんだから”
あの日、由宇はどんな気持ちでそう言ったのだろう。
由宇の表情を見ることはなかった。俺の腕をすり抜けて、玄関へと向かい無言で部屋を後にした。俺も、その後ろ姿をただ見送るだけだった。
でも、あいつの背中がどこか寂しそうに見えたのは、勘違いなんかじゃない。自惚れじゃなければ、由宇はきっと。
『俺がいないと寂しい?』
酔ってなんかいない。今日約束している柴田さんは、うちの顧客の中でも特Aクラス。粗相は絶対できない相手だ。
それでも確かめたかった。自惚れだというならそれでいい。足枷はなくなる。俺は、眞由美さんと結婚する。
デスクの上に置かれたスマホはすぐに震えた。そろそろ町田が表に車を回してくる。
「あいつ、仕事してんのかよ」
それでも緩んだ表情筋は戻らない。保存したいがイマイチこの機械の扱い方がわからない。
今度、由宇に訊こう。
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