気づきはじめた男

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目の前にいるのは、弟。その隣にいるのは、 「偶然、そこのコンビニで」 昔の恋人だった。 「残念ながら、やり直したいとか言いに来たんじゃないのよ」 「聞いてねえだろ。シュウ、お前なんでここにいんの」 「由宇にちょっと。そこで立ち読みしてたら亜美さんが入って来てさ、驚いたよ」 数年ぶりの元カノの出現にも驚いたが、それよりも俺の心をざわつかせたのは、シュウの突然すぎる訪問だった。 「由宇なら多分遅いぞ。今日は課内会議のはずだ」 「そんなん次長権限でなんとかしてくれよ」 「俺は由宇の課だけじゃなくて、部全体を見てるの」 存在を忘れられている亜美はすっかり面白くなさそうで、携帯を操作し始めた。 大学四年のゼミが一緒の同期で、二十六歳までの俺の恋人。付き合ったり別れたりを繰り返して、なんだかんだで五年弱続いた相手だ。 「悪い。亜美はどうした?今、どこにいるんだっけ?」 「結婚して神奈川よ。松山亜美になったの」 先を越してやったとでも言わんばかりのしたり顔。そんな情報より、なぜ今ここにいるのかを俺は知りたい。 「同期の小田くん、結婚するからみんなにメッセージもらって回ってるの。私とアヤが幹事になっちゃってさー。こっちならすぐ出て来られるから、藤次郎の都合のいい時にビデオ撮らせてくれない?」 「おお、アイツ結婚すんの。いいよ、大体平日はこの時間には終わるし」 「ありがと。もし、一人が嫌なら彼女と一緒に写ってくれてもいいからね」 シュウが余計なことを言わなければ、そこで話は終わっていた気もする。眞由美さんの名前が出てきてから、詮索好きな亜美が才能を発揮し始めた。 「藤次郎、次期社長なの?!うまいことやったわねー、私と別れて良かったんじゃない?」 亜美のこういうところは好きだ。サッパリして、ねちっこくない。だからこそ五年も続いた。 「早く結婚すればいいのになー。そしたら俺も安心」 「こんなおっさんのどこが良いんだろうね」 当事者の俺を無視して、二人の会話は弾む。やましいことはないけれど、俺は妙に落ち着かない。腕時計に目をやると、時刻は十八時半。そろそろシステム課の連中も退社してくるだろう。 なぜか、由宇とシュウを引き合わせるのは気が引けた。
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