第1章

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1  西暦一九六九年七月十六日。  アメリカのケネディ宇宙センターではアポロ十一号を乗せたサターンV型ロケット の発射準備が進められていた。世界で初めての有人月面探査船ということで、世界の 注目を集めていた。このことはソ連にとって好都合だった。  同じ頃、ソ連のバイコヌール宇宙基地では極秘計画としてソユーズロケットの発射 準備が進められていたからだ。ロケット発射の実行段階では、ブレジネフ書記長が自 ら陣頭指揮を取るほどの熱の入れようだった。  このロケット発射の目的は打ち上げスタッフ達にすら明らかにされておらず、極秘 計画として緘口令が敷かれていた。万一マスコミに嗅ぎつけられた時には気象衛星の 発射と言うことになっていたが、マスコミとアメリカがこの計画に気付くことはなか った。  アポロ十一号が月面着陸に向けて着々と近づいているのに対して、二基のソユーズ に載せられた『荷物』は月の公転軌道のはるか彼方へと飛翔していった。 2  西暦一九七〇年二月十七日。  暗い部屋の中、パソコンのモニタが十台以上並んでいた。モニタの画面には記号や グラフのようなものが映しだされている。モニタ中央に痩せこけた男が椅子に座って いた。モニタに表示される情報を一つも逃すまいと、懸命に注視していた。  男のもとにがっちりした体格の男が歩いて近付いてきた。ネメシスのリーダー、 ジーン・バスケスだ。リーダーとはいってもまだ大学生で二十歳なのだが、リーダー としての素性と人を引きつける強烈なカリスマ性を持っていた。  それはジーンの父親譲りなのかもしれない。ジーンの父親は反捕鯨団体のリーダー だった。幼いころから父を見ていたジーンが、鯨を食用に捕鯨する日本に対して強い 敵意を持つのは自然なことだった。しかし今、ジーンの敵意は人類全体に向けられて いた。  ジーンはモニタを監視しているフォーに尋ねた。 「メメント・モリの軌道は予定通りか?」 「予定通り、順調に航行中です」 「わかった、有り難う。引き続き監視を頼む」 「私達の行動で地球の状況は変わるのでしょうか?」 「あぁ、確実に変わるよ。人類は食物連鎖の頂点に達したことにより、傲慢になりす ぎた。自ら謙虚になれないのなら、誰かが教えてやらなければならない」  ネメシスとは人類こそが自然のバランスを破壊し、他の生命体の進化を阻害してい
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