7人が本棚に入れています
本棚に追加
僕は今、静まり返った墓地に来ている。
あたりに街灯などない。
真っ黒い墨を流し込んだ水面のように闇がよどむ中、
ぽつぽつと四角い死の証が点在する。
生きていた証を刻んだ、死のモニュメント。
僕はある墓の前で足を止めた。
僕は墓の石段を上がり、その死の証の前にひざまずいた。
刻んだ生の証を指でなぞる。
指を通して君の感覚が、蘇りはしないかという妄想にかられたけど、指先からは
冷たい死しか感じられなかった。
僕はあきらめの悪い男だ。
納骨堂の石をずらし、僕は彼女のお骨を胸に抱いた。
許されることなら僕は、彼女の形を永遠に残しておきたかった。
そう、どこか遠い外国の精巧なミイラのように。
しかし、日本の今の法律はそれを許してはくれない。
彼女の不在が僕を八つ裂きにした。
バラバラの僕を拾い集めてみたが、僕はそんな生活に疲れてしまった。
死のうと思ったのだ。
もう僕はこれ以上僕の形を保つ事はできない。
僕は鴨居の上にあいた欄間の隙間にロープをかけ、輪にした。
そして、あとは首をそこにかけて、椅子を蹴るだけ。
僕は意を決した。ふと、上を見ると天井に穴が開いていた。
その穴に、僕のかけたロープが重力に逆らって吸い込まれていってしまったのだ。
僕はあっけにとられた。その穴からは二度と、ロープは降りてこなかった。いつの間にこんな穴が。
僕は、天板を外し屋根裏を覗いた。
そこから這いつくばって、あの穴の位置のあたりまで進んでみたが、そこには穴らしきものは開いていない。
僕は、天井裏から降りて、またあらためてその位置を見た。
こちらからは確かに穴が開いているのだ。
僕は、ためしに、持っていたペンを穴に近づけてみた。
すると、ペンがすぅっと穴に吸い込まれていった。
なんなんだろう、この穴。
僕はもう感覚が麻痺しているから、その穴を怖いともなんとも思わなかった。
もう怖い思いは十分している。君の不在だ。
次の日、僕は不思議な光景を目にする。
昨日穴に吸い込まれたペンがロープで結わえられて、部屋に戻ってきたのだ。
僕は体の中を電撃が走った。
もしかして。僕は淡い期待を胸に、彼女のお骨を盗んだのだ。
最初のコメントを投稿しよう!