君の窓

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しかも、幽霊にしては、触れれば質感はあるし、かと言ってとうてい生きているとは思えない。 これはいったい何なんだろう。 いつしか僕は怖いという感覚は全く薄れ、物言わぬ不思議な物を観察している気分になった。そして、徐々にその状況に慣れつつあった。 「ただいま。」 僕はいつしか、物言わぬ女にそう語りかけるようになった。 彼女が居なくなって、寂しかった一人の部屋に待っていてくれる人が居る。 しかし、その女はこちらがいくら話しかけても、答えることはなかった。  それと、なんとなくだけど、その女は痛んできているような気がした。 1週間もすると、甘い腐臭を漂わせるようになった。 困ったな。いくら泣かれても、腐り行く女を見ながら生活するのは。 その時、台所の床をどこから入ってきたのかわからないが、一匹のゴキブリが這いずった。僕は情けないことに、悲鳴をあげて飛びあがった。 その刹那、今まで無反応だった女が素早く動いた。床に這い蹲り、そのゴキブリを鷲づかみにすると、素早く口に放り込んだのだ。 僕は驚愕のあまり、唖然とその様子を見ていた。 女の口がぐちゃぐちゃとそれを咀嚼し、茶色の羽が口に全て吸い込まれると、ごくりと喉を鳴らし飲み込んだ。 呆然と見ていた僕の喉から、その時初めて長い悲鳴が出た。 やはりこれは処分しなくてはいけない。 だが、今、あの素早さを目の当たりにして、とても彼女に立ち向かう勇気はなかった。 僕はその夜、自室に鍵をつけた。厳重に僕の部屋に誰も侵入できないように鍵をかけた。 その夜はあの場面を何度も勝手に脳内でリプレイしてしまい、眠れなかった。 とうとう朝を向かえ、僕は恐る恐る、女の居るはずのキッチンに向かう。 ところが、女はそこには居なかった。 僕は心底ほっとした。 あの女は消えた。 自分の愚かな行動でこんなことになってしまった。 でも、もう女は居ない。 僕にまた、一人の何も無い生活が訪れた。 誰も居ない家に帰り、一人で食事をして、眠る。 もう天井にはあの穴はない。 間違えて召喚してしまった、あの女もキッチンの椅子には座っていないのだ。 寂しい。 僕は、自分のそんな感情に驚いてしまった。 あんなおぞましいものを見てしまっても、そう感じる自分に驚いてしまった。
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