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夢を見たい思いはあったが、そんな余裕さえなかった。買わなければ当たらないというけれど、どうせ当たらないし目の前の現実を生きていくだけで精一杯だった。新聞でさえも、購読するか迷っていたのだ。そんななかで少しでも蓄えを増やしていかなければならない。
「それにしても」
たった一枚の紙切れが……一億円に化けてしまった。
「どうする?」
二人は、DKのテーブルで顔を見合わせた。
「警察に届ける?」妹は戸惑うばかりだった。
「落とし主は現れないだろう?」
正男はそんな気がした。しかし、換金しようとして落としたのでは?
とも思えた。
さっそく警察署へ電話して問い合わせた。
だが、紛失届は出されていないらしい。だとするならば届けても無駄だろう。
「じゃぁ、これからどうする?」
正男は、おぼろげながら明日からの生活をシミュレーションした。
この歳になってマンションを買うなんて馬鹿げている。
いつまで生きるかわからないけれど、だから不安でもある。
そんな明日が見えない状況だったからこそ、塞ぎこむような生活に終始していたのだ。しかし、このまま100円を倹約する生活を続けるのも寂しい気がしていたのも事実だった。
けれど、ここで派手な享楽人生に変貌しようなら、破綻が目に見えた。
だったら自分を見失うことなく、今までよりほんの少しだけ贅沢をするくらいに抑えよう。
「とりあえず私はパートを辞めて、日本舞踊の習い事をしたい」
「久しぶりにデパートで買い物して、外食でもしようか」
二人は、静かに身支度をした。
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