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「大事な話だ。……俺の通帳を見てみなさい」
親父が突然倒れた。
末期のガンだった。
親父は物凄く働き者で、親父の親父──つまり俺のじいさんがガンで倒れ亡くなってからは特に、仕事を掛け持ちしたりして、仕事量を増やしていた。
お袋が先に亡くなってからも、その生活は変わらなかった。
そんな親父を、俺は尊敬していた。
そして亡くなる直前。俺に告げられたこの、通帳を見てみろという台詞が、親父の最後の言葉となった。
葬儀が終わってから、遺品整理をしていた時の事。
妻が親父の物と思われる通帳を手にすると、中身を見て声を上げた。
俺も横から覗き見る。
「すごい……」
親父の言葉が、脳裏を過った。
そこには、多額の預金が記載されていた。
その額、数千万円。親父の持ち家を俺の名義に相続登記して、それも売却するとしたら──約一億円といったところか。
俺達は喜びあった。
近くで座っているまだハイハイしか出来ない息子は、何の事だか意味が分からず首を傾げている。
俺は迷い無く、親父の遺産相続を決めた。
俺のばあさんも既に亡くなっているし、親父は一人っ子だったから、必然的に相続人は俺一人。
とても浮かれていた。
だって一億だぞ?
それでも初めは、疑った。
これ、本物の通帳なのか? なんて、馬鹿げた疑問が浮かび上がったりした。俺にとって、あまりにも現実離れした金額だったからだ。
親父の通帳は、亡くなってすぐだと口座凍結の為、引き出す事が出来ず、色々と面倒な手続きを行う必要があったが、それを経て、ようやく使用可能になった。
試しに十万円程引き出してみれば、通帳の次の行に、十万円分差し引きされた巨額の数字が印字される。
そして、親父の持ち家も無事に売却出来た。
間違いない。俺は、一億円を手にしたんだ。
疑いが確信に変わった瞬間だった。
とは言っても、妻も子どもも居る身だ。
一億を手にしたからと言って、派手に散財する事は無かった。
古くなってきていた電化製品や、家具、その他日用品等を購入し、残りはなるべく使わずに置いておいた。
日常はと言えば、いつもと変わらず働いて、家に帰って、妻の美味しい手料理を口にして……家族三人、笑いあいながら、食卓を囲み。
それでも一億という大金が、散財等しなくても、そこにあるだけで。
俺達の心に、大きな余裕を与えていた。
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