通帳を見てみなさい

9/9
前へ
/11ページ
次へ
気が付けば、病に伏していた。手遅れらしい。 末期のガン。 歳もすっかり、くってしまった。 亡くなる直前の、親父くらいの歳だ。 息子が、時折見舞いに訪れる。 女房と、子どもを連れて。 三人共、幸せそうに笑っている。 ……俺はあんなに苦しんできたというのに、お前達はなぜそんなにも幸せそうなんだ? 俺が何をした? 俺が神様に、喧嘩を売るような真似でもしたのか? どうしておれだけが、こんなめにあわなきゃならない……? やがて、体を動かすどころか、喋る事さえも辛くなってきた頃。 俺は息子を、病室に呼び出した。 息子を静かに見上げる。 今でちょうど、親父が亡くなる直前の俺くらいの歳になっただろうか。 時が経つのは早いものだ。 俺に向けられている眼差しは、あの日──働き者で、真面目で、頑固なところもあるけど優しい、尊敬する親父に向けていたのと、同じものだった。 「どうしたんだよ、親父」 心配そうに覗き込んでくる息子を見て、昔の幸せだった頃に思いを馳せながら、俺はゆっくりと口を開いたのだった。 「大事な話だ。……俺の通帳を見てみなさい」 (了)
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加