第1章

29/35

1人が本棚に入れています
本棚に追加
/35ページ
......................... 「ごめんなさい、取り乱してしまって...」 図らずも、脆い自分を見せてしまった、 バツの悪さと同時に、 彼に対する温かい、 素直な感情の入り混じる、 不思議な感覚で、 彼の胸から顔を離した。 彼の目を直視するのは、 ちょっと恥ずかしい。 ”闘い”のメークも涙で無残に落ちているし。 顔をそむけて、 きっと滲んでいるであろう、 アイラインを 手の甲でふきとりながら、 大きく深呼吸した。 ーーごめんね、ほんとに、   ごめんね、伊藤君……ーー またしても 声にならない。 彼は佑香のあごに 軽く手をあて、 佑香の目を覗き込むと、 「うん、 もう、大丈夫」 とうなずいて、佑香の額へキスをした。 そして、もう一度、 佑香と視線をあわせて言った。 「僕、家まで送ります。今度こそ」 それには 首を横に振る佑香...... 「今日は大丈夫。 もう戻っていいですよ、 伊藤君...」 「わかりました。では、 今日はおとなしく帰ります。  でも...」 「でも、次は、僕からの正式なデートの誘い、 無視しないでくださいね」 すっかり明るさを取り戻し、 浮足立って会議室をあとにする彼を、 佑香は静かに微笑み、 見送った。 その表情には なにかしら、 カラッと 爽やかな風が吹き抜けていた。
/35ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加