第1章

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金曜日の真昼に、ベッドに潜り込み震える。 寒さのせいじゃない。秋晴れの空は惜しみなく陽射しを与えてくれている。 ──怖いのだ。 また金曜日になってしまった。夜になれば、アレが来る。逃げたいのに、この体はこのアパートに縛られている。出掛けても、夜までには帰宅するよう操作されている。 「あああああっ……!」 西暦2036年、学校を卒業しても資格を取るなりして就職活動を行わない穀潰しに対して、政府は秘密裏に対策を講じた。セミナーにボランティア活動、職業体験。様々なことをニートと呼ばれる若者に勧め、それらに対する反応を見て、もっとも消極的な者達をグループにして、脳にチップを埋め込み、国営の集合住宅に送り込んだ。 前頭葉に埋められたチップは、行動の一部を支配して、更には国で居場所が把握できるようになっている。 そして、毎週金曜日の夜には──。 「嫌だ……もう嫌だっ……」 怖い。怖い怖い怖い怖い怖い。夜が来てしまうのが怖くて仕方ない。発狂することができれば楽になれるのか? そう思い、しかし発狂した住人がダークカラーのスーツを着た屈強な男性数人によってアパートから連れ去られる姿を思い出して、それは違うだろうと思い直す。 もう、逃げる術はないのだ。こうなってしまった以上。 けれど、本能はなまじ自由なままであるだけ厄介だった。恐怖は膨れ上がり、痛みを知った体が勝手に悲鳴をあげて止まらない。 「……駄目だ……」 せめて。夜までにはまだ時間がある。景色のいい公園にでも行って、一般社会を味わって。そこにはもう、つかの間しか戻れないけれど、それが絶望を味わわせるけれど──溶け込むふりだけでもいい、当たり前にそこで息をして、そこにいる人間と挨拶を交わしたい。 思い立ち、ベッドから抜け出す。ベッドの隅に放ってあったデニムパンツを穿いて、昨日着たシャツを拾って匂いを嗅いで、洗剤の匂いが残っていることを確かめ、また袖を通す。 そして、キーホルダーと小銭入れにシガレットケースをデニムパンツのポケットに押し込んで玄関のドアを開けた。 「──っ!」 「──あ、お隣さんですか? 初めまして!」 部屋から出ると、左隣のドアの前に見たことのない女性が立っていた。快活に挨拶をされて怯む。こういうタイプが夜には豹変するのだと弱者の目から卑屈さを滲ませながら思う。
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