第1章

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だけど相手はこちらの警戒心には気づかない。屈託なく笑顔を振りまく。 「私、今日からこのアパートに住むことになったんです。よろしくお願いしますね」 「……はあ……」 「いい所ですよね。国営の職業訓練所のアパートだって聞いてたので、もっと狭くて古い感じかなって思ってたんですけど、部屋も2つもあるし」 「……」 もういい、もう話すのをやめてくれ。 「……あ、じゃあ俺は公園まで出掛けるので……」 話を打ち切るつもりで言う。この地獄のアパートの話なんてしたくない。 けれど、彼女には伝わらなかった。 「あ、はい!……あの、よろしければご一緒してもいいですか?」 「え……」 「私、県外から来たばかりで、この辺りのこと何も分からなくて。公園、行ってみたくて……厚かましくてすみません。できればお願いできませんか?」 冗談じゃない。このアパートの住人と一緒に出掛ける? せっかく気持ちを落ち着かせる為に外に出ることにしたのに、このアパートの現実がついてくるようなものだ。 すぐさま断ろうとして、口を開く。 「イイデスヨ」 でも、口をついて出たのはチップに支配された脳の、心にもない言葉だった。 そうだ、もう心のままには言葉一つ出せないんだ。 顔には出せず打ちひしがれる俺に対して、彼女はぱっと顔を輝かせて笑顔になった。 「ありがとうございます! よろしければ、このアパートのことも教えて欲しいです。金曜日に訓練があるとしか聞いてなくて……」 「……ジャア、歩キナガラ話シマショウカ」 「はい! よかった、お隣さんが優しい人で」 ああ。もう息抜きどころじゃない。このアパートのことを、つかの間忘れたかったのに、よりにもよってアパートの住人とアパートについて話さなければならない? 何の拷問だろう。 先に歩く素振りで階段へと歩き出し、彼女には背を向けて、気づかれないように絶望的な溜め息をついた。 「あ、エレベーターは使わないんですか?」 小走りでついて来ながら問いかけてくる彼女に、階段の手前で一瞬振り返る。 「……エレベーターは訓練で必要な時しか使えないから」 「え、そうなんですか? やだ、私部屋に行く時使っちゃった……内緒にしてれば平気かな」 どうやら、彼女は馬鹿で図々しくて鈍感らしい。チップを通して全て筒抜けになっていることさえ分かっていない。
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