第1章

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「……大丈夫じゃないですか、まだ慣れてないんだし……」 嘘だ。失敗は全て国営の管理センターで把握されている。 にもかかわらず気休めを言ったのは、彼女に早く『退去』して欲しいからだった。彼女の馴れ馴れしさに嫌な予感しかしないのだ。 「よかったあ。あ、自転車を置こうと思って駐輪スペースに行ったんですけど、手押し車? みたいな先が二つに割れてるのが沢山置いてあって停められなかったんです。あれは何ですか?」 「手押し車?……ああ、ハンドリフトか。訓練に使うので……重いものを運ぶときに」 答えると、彼女の表情が強張った。 「え……どうしよう、使ったことないです……」 「まあ、始めは誰でも経験ないから……」 頼むから、こっちに説明を求めないでくれ。そう願いながら、気休めを口にする。 経験がないのは、このアパートでは言い訳にならない。指示された通りにやらなければ明日はないのだ。結果が悪ければ──アパートから出され、おぞましい未来が口を開いて食らいつく。 「……あの、お名前訊いてもいいですか?」 「……田沼です」 「田沼さん。私は有原っていいます。田沼さんは、このアパートに来て長いんですか?」 「……三か月くらいですけど」 やめろ。この三か月の苦悶を思い出させるようなことを訊くな。そう怒鳴りたいのに、脳は怒鳴ることを奪われている。暴力的な言動は全てチップによって抑制されているのだ。 有原と名乗った彼女は、隣に並んでこちらを見上げてきた。上目遣いというのだろうか。女性ならではの仕種だった。彼女の顔立ちは可愛い部類に入るから、こうされると普通なら悪い気はしないのだろうが、こんな特殊な環境下では鬱陶しいとしか思えなかった。 「田沼さん、ハンドリフトの使い方教えて頂けませんか?」 ほら見ろ。 「……あれは、コツがあるから……使いながら覚えないと……」 「じゃあ、今から駐輪スペースに行って……駄目ですか?」 「イイデスヨ」 こんなときに、チップが働いた。もう嫌だ。 彼女は、安堵の笑顔になってぺこりと頭を下げた。 「ありがとうございます! よろしくお願いします!」 そして、二人で駐輪スペースに向かう。 本音としては脱落して欲しい。脱落者がでれば、その分生き残れる。 だけど、チップはそれを許さないのだ。 結局、ハンドリフトの使い方を丁寧に説明した。
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