第1章

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アパートに帰って、急いで弁当をかき込んでシャワーを浴びて、ドライヤーで髪を乾かしてTシャツとデニムパンツを着ると、五分と経たないうちにアナウンスが鳴り響いた。地獄の職業訓練の始まりだ。 『今日の職業訓練の内容を説明する! 駐輪スペースにある資材を部屋に運んで、まずは段ボールを組み立てる! 目安は一時間に60箱だ! 200箱組み立てたら、一箱に封書を200通ずつ詰める! 明朝五時までに150箱できたら仕事を紹介する! では、健闘を祈る! 開始は二十分後だ! それまでに全ての資材を部屋に運んでおくように!』 封書にはナンバーが振ってある。それを確認しながら詰めていかなければならない。一通でも間違えたらアウトだ。 まず、資材を取りに駐輪スペースに急いだ。既に十人近くが集まって作業を始めていた。エレベーターは三基しかない。早い者勝ちだ。すぐにハンドリフトを使って資材が積まれた台座を上げてエレベーターへと急ぐ。 「あ、田沼さん!」 一秒を争うときに声をかけられた。彼女だ。 「すみません、急ぐんで!」 もうよそ見をしていられない。全員が『仕事』と『アパートからの解放』を競う敵だ。 「すみません、頑張りましょうね!」 声は明るかった。まるで、ここで脱落したらどんな末路が待ち受けているか分かっていないような。 無事にエレベーターへ乗り込むとき、ふと彼女の姿が見えた。ハンドリフトを台座に嵌め込めず、持ち手をガタガタと動かしていた。ハンドリフトは左右にブレて、彼女の表情には困惑があらわに浮かんでいた。 けれど、助ける余裕はない。資材はたくさんある。段ボールを運び、封書も運ばなければならない。何回か往復する必要がある。二十分の間に済ませなければ間に合わない。 ハンドリフトを部屋に持ち込めるように、玄関には段差がない。幅も広く取られている。まずは段ボールを運び入れ、ハンドリフトから下ろして次の資材を取りに行く。 エレベーターで一分待たされて苛立ちながら駐輪スペースに向かうと、彼女はまだハンドリフトと苦戦していた。台座には嵌められたようだが、エレベーターへと運ぶのに方向が上手く定まらないようだった。これには慣れしかないので仕方ない。 黙殺して次の資材を運ぼうとしたとき、また声をかけられた。 「すみません、これ、上手く運べなくて……壊れてるんでしょうか?」
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