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彼女とて必死なのだろうとは思うものの、上手くできないから「壊れている」と勘違いする悠長さに腹が立つ。せいぜい立ち往生していろと思ったが、そこでチップが働いてしまった。
「壊レテマセンヨ。コウスルンデス」
彼女のハンドリフトを操作して、エレベーターまで運ぶ。脳がチップに支配されて、焦りも苛立ちも吹っ飛んでいた。
「左右ニ動カスト、逆ニ動キマス」
「ああ、そうだったんですか! ありがとうございます! そういえば昼間に教わりましたね。駄目ですね、私焦っちゃって」
「ドウイタシマシテ」
そこで、チップの支配が解けた。慌てて自分の作業に戻ろうとする。一分のタイムロスだ。
「あの、明日お礼させてください!」
もう、彼女の言葉には何も返さなかった。
汗だくになって資材を運び、段ボールの組み立てを始める。これは印刷会社で単発のバイトをしたときに経験した。有利だ。もしかしたら、これでアパートから出られるかもしれない。そう思うと、俄然やる気が出た。
腕時計を確認しながら段ボールを組み立てる。40秒で一箱。いいペースだ。段ボールは底の三点をテープで固定する。段ボールの切り口で腕に擦り傷ができるが構わなかった。
組み立てた段ボールが溜まったところで、封書を詰めてゆく。段ボールも封書も数が多いので、途中で何度か運び出す。段ボールの側面に認証シールを貼れば他の人と混同されない。
そろそろ、一旦運ぶか。そう思って額の汗を拭ったとき、玄関のインターホンが鳴った。
「それどころじゃねえよ……」
無視して台座に積み上げた段ボールをハンドリフトで運ぼうとする。その間も、インターホンは立て続けに鳴り続けている。
エレベーターに向かおうと、玄関のドアを開けると彼女が立っていた。胸元で両手を組み合わせて、縮こまっている。
「あの、すみません……段ボール、まだ15個しか組み立てられてなくて……田沼さん、もうそんなに沢山できたんですか? コツがあったら教えて欲しくて……」
ハンドリフトに手間取ったとはいえ、少なすぎるだろう。それにしても、これが戦いだと分かっていないのか。敵に援護を求めるなんて、厚かましいにも程がある。
「ドウヤッテルノカ見セテクダサイ」
ちくしょう、またチップが支配してきた。こうなったら一分以内に済ませて作業に戻ろう。
「ありがとうございます!」
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