3人が本棚に入れています
本棚に追加
雨はそれほど強くはないが、歩いて帰ったとすればきっとびしょ濡れになるだろう。
僕は一歩踏み出そうとする。
けれど、何故か傘が気になった。
ゴミ箱に立てかけてあるあの紺色の傘が…
僕は手にとって傘を開いてみた。
傘の内側には星座が描かれており、おしゃれな傘だと思った。
きっとこの傘の持ち主は星空が好きだったのであろう。
僕はぼんやり思った。
ぼんやり思って……そしてやめた。
僕の視界が歪んでいくのが分かったから。
歪んだ視界の中、僕は傘をたたみ始めた。出来るだけ丁寧に。
たたみながら、コーヒーが飲めない僕を笑った人物を、思い出せないという事に気が付いてしまった。
しかも、コーヒーをすすりながら笑う人物も、この傘を大切にしていた人物も僕は知っていた。
しかし思い出せない。
「……違う。思い出せないわけがない。やはりまだ、思い出すのが…僕はただ辛いんだ。」
気が付いてしまった。僕が、自分自身を欺こうとしている事を。
僕が…君を捜すために雨が降る予報の日にわざわざ外にでている事を。
ごめん。
いつも君の事を思い出すのが辛いから、君を忘れようとする僕なのに。
雨の日になると君が還ってくるのではないかと思ってしまうんだ。
傘を忘れた僕に君がこの傘を届けに来てくれる、そんな姿を…
君の事を完全に忘れられない。だから僕はこの傘をこのゴミ箱にたてかけている。
僕は…僕は…
雨の日にこのコンビニに僕を迎えに来て、死んだ君を完全に忘れられない。
君を失ったことを受けいれる事ができない。
だから僕は何度もこの光景を繰り返す。
君の好きなメロンパンとコーヒーを買って帰れば、君が喜んで僕に抱き着いてきてくれるのではないかと、期待する。
最初のコメントを投稿しよう!