『雨の日に差されることのない傘』

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雨はそれほど強くはないが、歩いて帰ったとすればきっとびしょ濡れになるだろう。 僕は一歩踏み出そうとする。 けれど、何故か傘が気になった。 ゴミ箱に立てかけてあるあの紺色の傘が… 僕は手にとって傘を開いてみた。 傘の内側には星座が描かれており、おしゃれな傘だと思った。 きっとこの傘の持ち主は星空が好きだったのであろう。 僕はぼんやり思った。 ぼんやり思って……そしてやめた。 僕の視界が歪んでいくのが分かったから。 歪んだ視界の中、僕は傘をたたみ始めた。出来るだけ丁寧に。 たたみながら、コーヒーが飲めない僕を笑った人物を、思い出せないという事に気が付いてしまった。 しかも、コーヒーをすすりながら笑う人物も、この傘を大切にしていた人物も僕は知っていた。 しかし思い出せない。 「……違う。思い出せないわけがない。やはりまだ、思い出すのが…僕はただ辛いんだ。」 気が付いてしまった。僕が、自分自身を欺こうとしている事を。 僕が…君を捜すために雨が降る予報の日にわざわざ外にでている事を。 ごめん。 いつも君の事を思い出すのが辛いから、君を忘れようとする僕なのに。 雨の日になると君が還ってくるのではないかと思ってしまうんだ。 傘を忘れた僕に君がこの傘を届けに来てくれる、そんな姿を… 君の事を完全に忘れられない。だから僕はこの傘をこのゴミ箱にたてかけている。 僕は…僕は… 雨の日にこのコンビニに僕を迎えに来て、死んだ君を完全に忘れられない。 君を失ったことを受けいれる事ができない。 だから僕は何度もこの光景を繰り返す。 君の好きなメロンパンとコーヒーを買って帰れば、君が喜んで僕に抱き着いてきてくれるのではないかと、期待する。
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