第1章

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 名取夫婦が引っ越してから間もなく、空いていた隣の部屋にも入居者がきた。 「隣に引っ越してきた中井沙良です。これからよろしくお願いします」  挨拶に来た隣人は若い女性だった。  成美より10才は若いように見える。 「お一人で住むんですか?」 「はい。一人です」  ニッコリ笑って、とても愛想がよい。 「お仕事はされているの?」 「ただの事務員です」  沙良はただの事務員にしておくのはもったいないくらいの美女である。  沙良が帰ると、成美は隆に言った。 「あんな若い女性が一人で購入できるマンションじゃないと思わない?」 「親の援助じゃないか?」 「それもあるかもしれないけど、とても綺麗な人だし、もしかして、愛人とか?」 「そういうのをゲスの勘ぐりと言うんだよ」 「そうですね。ごめんなさい」  成美は謝ったが、それでも気になる。  隣の部屋に出入りする人がいないかと、外出するときやベランダに出た時などにさりげなく隣を観察した。  ある日ベランダにいると、隣の部屋から男の人の声が微かに聞こえてきた。 『ボソボソ……』『ボソボソ……』  聞き耳を立てても、会話の内容までは聞きとれない。 (やっぱり愛人?)と考えた成美は、煙草を買いに出掛けて帰ってきた隆に報告した。 「お隣さんに男の人が来ていたわよ」 「盗み聞きしたのか? 俺に恥をかかすようなみっともないことをするな」 「ごめんなさい」  隆に怒られたので、成美は素直に謝った。 (さすが、人の上に立つ夫は人間的にも素晴らしい人だわ。私ったら他人の詮索ばかりして恥ずかしい。夫にふさわしい妻にならなきゃ)  反省した成美は隣の事を忘れて、さらに家事に励んだ。
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