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俺にとっての生きることとは、もがくことだった。
幼いころから人の顔色ばかり伺って生きてきた。
人として生まれたくせに、気付くと道化になっていたのだ。
馬鹿みたいなことをして、誰かを笑わせて「お前は本当に面白い子だねえ」と言われていれば、忌み嫌われることはないと知ってしまったから。
大人になってからも下手くそな笑いと、吐き気がするジョークを振りまいていた。
そうして気づくと、自分の心は綻びだらけになり、自分の人生は恥で塗りつぶされていました。
生きることが辛い。
この先、生きていったら自分は、人ではなく、不思議に息をする人形、はたまた肉塊になってしまうのでは無いかと恐ろしい。
綻びの無い人間は「死ぬことは恐ろしい」などと言いますが、俺は「生きることこそが恐ろしい」のです。
「あなた」と待っていてくれる妻がいます。
「おとーさん」と慕ってくれるかわいい子供がいます。
「愛している」と口付けしてくれる愛妾がいます。
「この人がお父さんよ」と促されて、ようやく目を合わせてくれる妾の子供がいます。
「先生!先生」と俺の才能を認めてくれる仕事仲間がいます、読者もいます。
きっと満たされているんでしょう。幸福な人間に括られるんでしょう。
けれど生きていたくはないのです。
だから「死にたい」という、歪んでいるものの、とても純な、この感情を漏らしてきました。
ある人は同調してくれました。
一緒に死ぬ約束をしましたが彼女だけが死にました。
妻は「何を冗談を」と嘲笑います。
編集者は「先生が亡くなったら読者が悲しみます」と作り笑いをします。
俺は、求めていました。砂漠で喉を乾かしたかのように。
一緒に死んでくれる人がほしいです、けれどどちらかだけが死ぬのは御免です。
死ぬのならばいっしょに出なければならないのです。
手さぐりで、傷だらけになってでもいいから、人をかき分けて探しました。
死にたいという願いを蔑しない人を。
綻びだらけの心臓をそっと抱きしめてくれる人を。
――はじめまして、先生。
友人の紹介で、うどん屋で知り合った彼女を一目見た瞬間、鞘を失った剣がようやく自分の居場所に収まれた時のように、安心しました。
彼女は俺と似た目をしていたからです。
――山崎富栄と申します。
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