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富栄は控えめそうでしたが、眼鏡の奥に射るような眼差しを隠している、未亡人でした。先の戦争で旦那を亡くしたといいます。その旨を聞いたとき、やはりと思いました。
一般的な女が、通るであろう人生の中では経験しないであろう儚さをまとっていたから。
それは俺の持つ脆さにとてもよく似ていた。
はじめて顔を合わせた時に交わした言葉は、他愛もない話で、愛だの恋だの、生きるだの死ぬだのは一言も出ませんでした。
けれど俺の心の中では千本以上の手がうごうごと蠢いておりました。欲しているのです。どうしようもなく欲しくなったのです、彼女を。
「俺と死ぬ気で恋愛しないか」
何度目かに会った帰り道、そう口にしました。彼女は目を見開いた後、すぐに悲哀に満ちた顔を作りました。
「先生、酔っていらっしゃるわ」
「酔ってなんかいない」
「さっきたくさんお酒を召し上がりました」
「あれは酒じゃない、ソーダ水だ」
「嘘をお付きになって……先生は本当に嘘がお好きね。いつだって嘘をつくもの」
「嘘かどうか俺の顔を見て確かめてくれ」
「ほら、頬がこんなにも赤い。お酒を召し上がった証拠です」
「これは……酒のせいなんかじゃない、お前に惚れているからだよ」
「嘘つき」
「嘘なもんか。富栄、俺はね、お前が欲しいんだよ。すべて、すべて、そう…すべてを、俺に頂戴」
そこからは、ずるずると落ちていきます。
這いあがるのは大変なのに、落ちるのはとても楽です。けれど、心地の良い堕落でした。
富栄は、「恋愛するなら死ぬ気でしてみたい」と言い、華奢な砂糖細工みたいな体を俺に預けました。
俺はそれをしっかりと受け取り、甘党の子供みたいに大事に、大事に扱いました。
それに応えてくれるかのように富栄も足しげく俺の仕事場に通い、原稿の代筆や、ひびの入った俺の体への注射や、来客への対応と働いてくれました。
「先生、ほかに何かすることはありませんか」
「ないよ」
「お夕飯は?」
「じゃあ、お願いしようか」
「はい」
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