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今日もいつものように彼の方を見る。
チラチラと何度も何度も。
シャーペンをノックするたびに、教科書を捲るたびに。
本日十数回目のチラ見は、珍しいことに彼の視線とぶつかった。
一気に体温が上がったような感覚に陥る。
小さい頃に高熱を出して寝込んだ時のように、頭がぼーっとして周りの小さな筆記音やら囁き声の会話がやけに騒がしく、けれどはっきりと聞き取れないでいる。
辺りで何が起こっていようとまさに今、俺の頭の中は彼で一杯だ。
けれどそんな感覚に身を任せるのは一瞬だけにして、ヘラっとした笑みを送って黒板へ視線を送る。
向き直る寸前に、彼から返される笑みが視界の端に映り込んだ。
……もう少し見ていればよかったな。
でも見過ぎも禁物だ。すぐに呼吸が苦しくなる。
喉に何かが詰まって、視線も逸らせなくなりそうだ。そしてひたすらに彼を見続ける事しかできなくて、いずれは溺れてしまうのだろう。
いや、もうすでに溺れているのかもしれない。そして彼はそんな俺を引き上げてくれるのだ。
陸に上げられて。
そして俺は助かるのか、それとも水が無くては死んでしまうのか。
人魚姫の王子のように、きっと彼は可愛い女の子と結ばれる。
彼の何の助けにもならない俺は、城に入る事もできないまま、フツーにフツーにいつの間にか彼の中から消えるだろう。
ろくな会話もしないただのクラスメイトなんてそんなものだ。
俺も人魚姫のように声でも失えば足の代わりに何か貰えるだろうか。彼に近づける何かを。
でもダメだ。俺の声は綺麗じゃない。
何かと引き換えに出来るほどの価値は無い。
逆に美しい声が欲しいぐらいだ。
彼に綺麗だと褒めてもらえるような何かがあればよかったのに。
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