第1章   裁判員候補者の通知

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第1章   裁判員候補者の通知

 大和田道弘。71歳。会社を辞して7年。退職してからの4年間は彼が40年に渡って経験し、重要と思われる事柄を技術資料として残すことを思い立ち、資料集の作成に精力を注いだ。この作業の中で最も煩雑だったことは、情報を集めるに従って、自分の知らなかった世界が開けていき、賽の河原の石積みのように際限無く広がっていくことであった。結局のところの外部からの情報を遮断して、自分が知っていることだけを書き記すことで解決を図る以外に方法は無かった。そうした思いで40万字を超える資料集を作り終えたが、情報さえ整えておけば、この字数に困惑を覚えることは無いとのある感覚を持つことが出来た。  技術資料を作り終えてしばらくの間はのんびりと過ごしたいと思ったものの、数日間が経過すると、どうしようもない退屈さが彼を取り囲んできた。どんよりとした曇り空が脳内を湿らせていき、すべてが混沌の中に落ち込んでいく気分であった。妻は町内の同好会のどれかに参加して、時間を費やすのもいいだろうと勧めてくれるが、群れたがる性格でもない。こんなにも時間を持て余して無為な生活をだらだらと送るなら、退職後の多くの人達が思うように自叙伝的な小説を書くことを考えてはみた。然し、映画にあるように血湧肉踊る波乱万丈の、そして美人で肉感的な女性をとっかえひっかえの人生であったかと振り返ってみると、平凡極まりのない人生で、女性にもてた記憶も無い。自分で想像する自叙伝は一筆を走らせるまでも無く、その退屈さがぷんぷんと鼻につく。それならいっそのこと、50代の頃から頭の隅にあった「腹上死連合」に手を染めてみようと思い立った。「腹上死連合」とは売れ筋が良いだろうとの遊びの仮題で、その内容は安楽死を扱うものであり、安楽死が喜びの中で行われるとしたら、それはそれなりに愉しい一つの死に様となるのではと。心の奥にはその実現を望む憧れみたいなものがあった事は否めない
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