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由希が引っ張って行ったのは、倉田のマンションとは反対方向の、駅の西側だった。
そこから5分も歩けば商店街も終わり、閑静な住宅地に変わる。沼田の家も、その住宅地の中にあるのだろう。
商店街を抜け、細い一方通行の道へ入った。
由希は倉田が後ろからついて来てくれることを確信しているように、真っ直ぐ前を向いて黙々と歩いている。
そのまだ男に成りきっていない細い背中から虚勢と、それを大きく上回る不安がダイレクトに伝わってくる。
けれど倉田はその不安の波動が大きければ大きい程、自分の心が落ち着いて行くのを感じていた。
目の前の少年は今、自分が傍にいることを望んでいる。自分を必要としている。
その事が倉田の心をシンと静め、ほんの少しの心地よい充足感を灯した。
何も悪いことは起こらないという、根拠のない確信すら湧いて来るのが不思議だった。
湿った冷たい風が少しばかり強まり、その中に気まぐれ程度の雨粒が混じる。また雨なのか。
まだ、降らないでくれ。
この子を濡らさないでくれ。
倉田は足を速めながら漆黒の空に目をやり、誰にともなく願った。
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