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『もっと売れる曲を作らないと』
音楽事務所に入ると夢がいきなりお金の匂いにまみれていくのが分かった。頭では理解していたし、そんなもんだと思っていても実際夢と現実のギャップは大きいものだ。元木さんは僕の音楽に手を加えた。
『日本じゃ英語はねぇ。もっとキャッチーな曲にしないと』
『でも…』
『君の声でわざわざ英語で歌わなくてもさ。だいたい僕ら日本人じゃん?』
そういう話をしているんじゃない。僕は僕の音楽でデビューしたいんだ。でもその言葉を僕は言えなかった。目先に来た夢に僕は迷ったのだ。このチャンスを逃せばもうこの夢は叶わないんじゃないだろうか?そんな不安にかられた。
『じゃあ、これデモテープ。今度のライブまでに完璧にしといてね』
元木さんに言われてレコーディングした曲は今流行りの若者のライトなロックだった。この曲をマサユキが聞いたらどんな顔をするだろう。げんなりするだろうか?怒るだろうか?
でも僕にはもう後がない。
このチャンスをものにしたいんだ。
あまり弾まない心をぶら下げて僕はあのボロアパートに帰った。階段を上がると丁度マサユキが部屋から出てくるのが見えた。どうしよう。どんな風に言えばいいんだろう。
『お、タイチ!お元気でしたか?』
『マサユキは相変わらずだね…』
毎度の事だが彼の変な日本語に呆れながら僕はカバンからスマホを取り出した。
『デビュー曲、できたんだ』
正直どんな顔で彼に曲を聴かせればいいか分からなかった。そして彼にどんな顔をされるか怖かった。マサユキはゆっくり耳にイヤホンを差し込むと、僕の目を見ながらデモテープを聞いている。でも、僕は彼から目を背けてしまった。それは自分が少なからず感じていた羞恥心のせいだろう。
この音楽は僕の音楽じゃない。
誰が僕に歌わせている能弁な流行歌まがいだ。
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