1人が本棚に入れています
本棚に追加
『………』
『…………』
マサユキは耳からイヤホンを外すと、言葉を選んでいるように目を伏せた。なんだよ。日本語選べるほど知らないだろ、なんて心の中で悪態をついてみるけど、僕はただ彼の率直な言葉に恐れているだけだ。
『これでいいのか?』
彼はそう言って僕にスマホを突き返した。
『いいって、なんだよ……』
『こんな歌でいいのかって言ってるんだよ』
『こんな歌ってなんだよ!』
僕は思わずマサユキにそう怒鳴った。いや、違うんだ。本当は痛い程分かっている。でも僕は選べない。自分の音楽を貫くか、デビューを選ぶか。本当は自分の音楽でデビューしたい。でも事務所はより売れる音楽を僕に与えた。
いいじゃないか。世の中で人気なって、金を儲けて、僕は歌を歌える。
『僕はデビューするんだ…』
『そんな歌、タイチのじゃない』
『僕は君とは違う。君みたいにずっとフラフラしていれるワケじゃないんだよ!売れたいんだ!デビューしたいんだよ!』
『フラフラってなんだよ!?』
マサユキは柄にもなく傷ついたって顔で僕を睨んだ。
しまった、言い過ぎた。でもそんな事を気付く頃には後の祭りだ。
『俺は最高の1枚が撮りたいんだよ。お前みたいに妥協なんてしないッ』
『ちょ、マサユキ!』
マサユキは僕を押しのけるようにボロアパートの階段を駆け下りると夜のネオンの中に消えていった。
あぁ、僕は自分の歌ともっと大事な何かを投げ捨ててしまったのかもしれない。僕にとって音楽とは何だ?デビューって何だ?
自分の心を押し殺すものだったか?音楽は僕を生かす全てだ。下手くそな英語もヘンテコな隣人のおかげで上手くなった。人が集まらなかった路上ライブもヘンテコな隣人が来てから楽しくなった。
なのに、僕は何を見誤っていたんだ……
『なにしてんだよ、僕は……』
その日、一人で食べたキムチ鍋はいつも辛過ぎて涙目になっていたのに、味一つ感じなかった。
最初のコメントを投稿しよう!