第1章

12/14
前へ
/14ページ
次へ
しばらくしてマサユキの家の前に引っ越し会社のダンボールが並べられているのに気づいた。何だよ。何なんだよ。いきなり来て、いきなり消えるのか? マサユキとはあの日以来顔を合わせていない。僕のデビューの話はどんどん進み、週末に渋谷の大きなライブハウスで歌う事になった。 でもきっとマサユキはもう笑って『おめでとう』とは言ってくれないだろう。 『マサユキ、居るんだろ?』 僕はマサユキの部屋の前でそう言った。扉越しにガタリ、と音が聞こえる。 『引っ越すの?』 彼は何も答えなかった。2人を隔てるこの扉は固く閉ざされている。 なぁ、またベランダの壁を蹴破ってもいいから、顔を見せてくれよ。変な日本語で笑わせてくれよ。 『最高の1枚、撮れたの?』 撮れてないだろう? なぁ、マサユキ。僕さ、初めて会った時から君が羨ましかったよ。自分のしている事に自信を持っている君が嬉しかった。 『今週末、渋谷でライブするんだ。チケット入れとくから来て欲しい…』 そう言ってドアの隙間からチケットを差し込むと、しばらくして中から差し込んだチケットが引き抜かれた。やっぱり居るんじゃないか、なんて言いたかったけど僕は黙って自分の部屋に戻った。 彼がライブに来てくれないような気もしたけど、僕はギターを念入りに磨いた。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加