第1章

13/14
前へ
/14ページ
次へ
***** 僕はどれだけ歌ってきたんだろう。 そんな事を考えながら舞台袖に立つと、まるで今日が自分の中の最高の日なんじゃないかと思った。 ライブハウスは満員だ。ネットに流したデモテープのおかげか若い女の子が目立った。 『こんなに人が集まれば上出来だよ』 元木さんは嬉しそうにそう言った。僕も笑った。 そうだ、上出来だよ。僕の人生、上出来だ。 でも、僕は『上出来だ』と褒められたくて16歳の夏、ギターを買ったんじゃない。僕はただ音楽が好きだった。下手も上手いも関係なく、音楽が好きだったんだ。 『元木さん、ごめんなさい』 『え?』 僕は元木さんに頭を下げるとステージに上がった。女の子たちの黄色い声援が聞こえる。その中から僕は必死にマサユキを探した。 『マサユキ…』 女の子だらけの中でマサユキの姿はすぐに見つかった。一番後ろで、彼は出会った時みたいにカメラを持って黙って立っている。何だよ、真面目な顔しちゃって。笑ってくれよ。緊張するだろう? 『今日は、僕のデビューライブに来ていただいてありがとうございます。聞いて下さい。To be with you』 『タイチ君!?』 舞台袖から元木さんの怒鳴り声が聞こえたけど、僕はギターを鳴らした。客席はどよめいている。当たり前だよね。デビュー曲とはかけ離れている。でも僕はこれをボロアパートのヘンテコな隣人に送るよ。 いや、隣人じゃないな。 君はもう、友達だ。 とっくの昔に友達になっていた。 To be with you。本当は恋人に送る歌だけど、今日は特別男の君に歌うよ。君が教えてくれた歌だ。日本語の下手な君は英語だけはうまかったよね。 鍋はいつもキムチ鍋だったし、穴が空いたままのベランダの壁もそのままだ。でも、何にも気にしちゃいない。だって、君はそんな事が気にならないほど、最高の友達だ。 『……To be with you』 歌い終わると心臓が今までにないほど高鳴った。 静まり返る会場。元木さんのため息。女の子たちの唖然とした顔。 でも、そんな空気を引き裂くようにシャッターの音が鳴り響いた。 僕は迷わず、胸を張ってマサユキのカメラを見た。親指を立てて、ギターを持って、満面の笑顔で彼のカメラを見たんだ。 『最高の1枚だよ』 声は聞こえなかったが、マサユキがそう言ったような気がした。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加