第1章

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10月が終わりを迎える頃、僕はボロアパートの集合ポストの前で一瞬立ち止まった。もう2年もこのアパートに住んでいるが、ポストの前でこんなに考え込んだのは初めてかもしれない。僕、今田 太一のポストは202号室だ。今まで両隣に人が越してきたことはない。その理由は定かではないが、このアパートにはお化けが出るとか色々噂も立っているせいだろう。 しかし2年目にして僕の右隣に新しい住居人が入ってきているではないか。 『えっと…なんて読むんだろ……』 そう、僕は隣に人が越してきたことに感動して立ち止まっているわけじゃない。201号室のポストに雑に貼られた名前が読めないのだ。英語の筆記体で、最初のMという文字しか解読できない。 外国人?それとも外国かぶれした日本人か? 『外国人だとしたらマイケルとか?』 いや、それは少し安直すぎるな。だいたい外国人の名前なんてマイケルとかジョンとかそんな感じのしか分からない。というより僕のボキャブラリーは中学時代の英語の教科書並だ。 『あの、どうかしました?』 『え?』 ポストの文字をまじまじと見ていると、誰が後ろからそう声をかけてきた。振り返るといかにもやんちゃそうな男が立っているではないか。短い髪は金髪に染められていて、肩にカメラがかけられ、手には何故か土鍋が握られている。近くのホームセンターで買ってきたのだろうか。土鍋にはその店のシールがでかでかと貼ってある。 『え、えっと…』 『あ!』 『え!?』 『お前、イマタか!?』 いきなり大きな声を出され、僕は肩を揺らした。なんなんだ彼は。 『お前、隣のイマタだろ!?』 『イマタ…?』 もしかして、彼は今田(イマダ)をイマタと勘違いしてるのか?いや、濁点を抜かすなんてどれだけ日本語に疎いんだ。
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